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主人公はu15の少女たち。 主な内容はいじめ文学。このサイトはアダルトコンテンツを含みます。18歳以下はただちに退去してください。
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『マザーエルザの物語・終章 29』
 意識を失ってあおいは新たなる翼を得た。
 ところが、いちど空に向かって羽ばたいてみると、それは秋の空のように小春日和の清々しい空間を飛翔するための道具でないことがわかった。
 音もなく、少女は大地に降り立った。虚空に浮かんでいることに、そこはかとない恐怖と不安を怯えたのである。
 しかし、そこは彼女にとってほんとうに安泰な場所なのだろうか。
 思い出したくもない過去。言い換えれば、例え、どんなすばらしい大地にも、地下には地層があり、 その一つには悪魔の糞便で固められた層もあるということだ。
 言わんや、げんざい、あおいが置かれている状態は混迷を極めている。その過去にはいったい、何があるのか。まったく想像できない。立っている大地がけっして、堅実でないことは微かに触れる今の状況が何よりの証左になるだろう。

 過去という地下から、何か悪い記憶が噴出しているにちがいないのだ。
 それが、温泉のような頬笑ましい鉱床でないだろうことは、もはや、自明の理である。

 少女の耳に、場違いな固有名詞と単語が飛び込んできた。
―――フランス人です! 彼奴らが! しかも警官じゃなくて、軍隊が!!
 それはほとんど悲鳴に近かった。
(フランス人?!)
 あおいは、まだあどけなさの残る、いや、幼い唇をかすかに震わせて、その固有名詞を繰り返した。
 少女が10年あまりの人生で得た知識によれば、その国はヨーロッパの片隅によりそうように存在する。いわば、島国である。
 ところが、世界中に植民地を形成し、帝国を作ったらしい。有希江と徳子の会話が、断片のように少女の記憶に突き刺さっていた。
 だから、特別な敵意や怖れがあるわけではない。しかし、少女が夢想の中で遭遇したトリコロール(三色旗)からは、ただ一つの言葉が飛び出てくる。
文明人の顔をした蛮族。
どうして、イチゴのような自分の頭からこんなさかしげな言葉が飛び出し、それが理解できるのか、少女は不思議でたまらない。まるで、思考する自分とそれを受け止める自分が互いに乖離しているように思える。大人になった自分と交流しているような、いや、ちがう。
 それは巨大な過去だ。
 大過去。
 かつて、徳子が口にしていた単語だが、その意味はまったくわからない。ものすごく大昔ということだろうか。
 とにかく、あおいは、正確を期すならば、あおいらしき人物は、フランス人なるものを蛇蝎のように嫌っている。

 それにしてもこの熱はなんだろう。雲一つ無い空から降り注いでくる。かつて、親しみを込めてアポロンと呼んでいた太陽はそこにはない。
 かつて?
 自分は、何処にいたのだろう。しかし、いくら思いだそうとしても、明確な地名は浮かんで来ない。ただ、高原と豊かな緑、それに温かな陽光というイメージだけが浮かんでくる。
 あおいの立ち位置は、そんな呑気な場所ではない。立っているだけで死がやってくる。
ただ、黄色い残酷な塊が、灼熱を置くってくるだけだ。全身が火だるまになりそうだ。数分だけでも直射日光に浴びていると、肌に火ぶくれができる。
 アギリ。
 それは国名だと確信した。巨大な熱とイコールでその短い固有名詞が結ばれた。
 人々の声、怒声と悲鳴。
 そして、それらを彩るように銃声。肉体を叩く特有の音。渇いたという単調な形容詞では表現しきれない耳に不快な響き。胎内に水分と油を多分に含んでいるのだから、それは当たり前だろう。
 そして、それらに護られるように骨や筋肉といった組織が存在する。エモノは、それこそを破壊すべく叩きつけるわけだが、不快な音の原因は前者にこそある。

――――止めて!、止めなさい!ヒイ!?
 蛮行を必死に収めようとしたあおいだったが、自らの身体が危険となれば、とっさに防御に走るのが人間というものだろう。
 少女は、身を縮めて攻撃を避けようとした。

―――殺される!!
 そう思って屈んだ瞬間、彼女は信じられないものを目撃することになる。
 自分の変わりに、友人の男性が犠牲になっていた。彼は、フランス兵の残酷な銃剣の一刀によって、無惨な屍に成りはてていた。
「!」
 それは、彼女の記憶をどうひっくり返しても、出てきそうにないほどに残酷な体験だった。
 しかし、彼女を驚かせたのは、それではなかった。どう見ても粗野な一兵士の言い放った言葉だった。
「なんだ、おめえ、人間じゃないか!? こんなところで何をしてるんだ。おい、ピエール、この方を中尉殿のところへつれていけ」
「やめて! 離して!!!」

「あおい!」
「ぁぁあっぁあ!?」
 身体が激しく揺さぶられた。それは人間業とは思えなかった。何か巨大な力で魂ごと二つに切り裂かれるような気がした。
 しかし、よく見てみれば、赤木啓子であることがわかった。
「け、啓子ちゃん・・・ぅうあう!?
「あおい!?」
「ァァゥアァウ・・・・」
 弓なりになって股間を押さえるあおい。
 ほぼ、無意識のうちにその姿勢を取ったのは、下半身に隠された秘密を親友から隠すためだ。しかし、あおいのそんな有様は、見る人にその深刻さをアピールするだけだった。
 しかも、啓子は普段の冷静さを完全に失っている。
 
「せ、先生、救急車を呼んで下さい!」
  いつになく、動揺と混乱の二重奏を鳴らす啓子。教師は、そのようすにあっけにとられたのか、すぐに対応できなかった。
「だ、大丈夫です!! ウ・ウ・ウ・ウ」
 あおいは必死に訴えた。そんなことをされたらたまらない。下半身の恥ずかしい秘密が露見してしまう。
 辺りを見回すと、白いカーテンが見えた。ここが看護室であることがわかった。どうやら、気を失っている間に連れてこられたようだ。

――――まさか、見られてるってことは!?
 あおいは動揺を隠せなかったが、周囲のようすを鑑みてそんなことはないらしい。ふいに、親友の苛立つ声が響く。

「看護室に、校医と看護婦がいないってどういうことですか?」
 その声は、逆立っていて、今にも周囲に殴りかかりそうだ。
「どうしたんですか? 校医さんは!?」
 慌てて入室してきた両者に文句を言っているのだ。普段、冷静な態度に徹している彼女らしくない。
 そんな間にも、股間の異物は幼い性器を刺激しつつ動き回る。
 正確には、あおいが動くために、そのように錯覚するのだが、被害妄想と言われても、少女にしてみればそう思わざるを得ない。
 身体を砂漠にでも埋めたくなるほどの羞恥に蝕まれている今であっても、そのくらいの判断はできた。灼熱の砂はきっと、この身体から浸みてくる羞恥心を焼き切ってくれるだろう。

「赤木さん、落ち着きなさい!」
 担任の声が聞こえる。啓子を冷静に戻そうとする彼女の姿が目に見えるようだ。目を瞑ってもありありとその映像が浮かぶ。
「校医さんが来たから! 落ち着きなさい」
 しかし、それは違う世界から響いてくるようだ。あおいや啓子が立っている地面とはあきらかに風の色も、大地の匂いもちがう。
 「啓子!!」
 しかし、彼女の声だけはしっかりとした実体を持って迫ってくる。
 その時、二人は手を繋ぎ合った。
 二人とも時間の感覚を完全に失っていたのて、校医が声を掛けたことに気づいていなかった。

「ああ ――」
「赤木さん ―」
 担任である阿刀久美子も、そこに控えていた。
「はい・・・・・・」
  恐縮するようにあおいから離れる。その手と手との連結が切り離されるとき、二人の間で微かな体温のやりとりがあった。熱伝導の法則から高音から低音へと伝わった。それはもしかしたら、メッセージだったのかもしれない。少なくとも、あおいはそう受け取ったことだろう。
 手を握り合った瞬間、啓子は、その手の冷たさに、そして、あおいは、その手の温度に驚愕した。
触れた方は、触れられた方の死を直感してひるんだ。
「あおい!!」
 校医や久美子の静止も聞かずに、親友の骸、彼女が勝手にそう思っているだけだが、それに上からまとわりついた。その勢いは、対象に対して飛びかからんばかりか、取って喰おうというほどまでに増していたのである。
「ぁああ、あぐうう!!」
 胸郭に、啓子の両手が触れたとたんに、あおいは、小動物的な悲鳴を上げた。それと同時にぴくんと弓なりに、身体を曲げると小さく痙攣した。
「あ、あおい!?」
 啓子は、ますます、親友が重病だという思いを強くした。しかし、当の本人はそれどころではなかったのである。命に関わる病気を凌駕する出来事とはどんなことだろう。
「ウウ・ウ・・・ウ・ウウ・ウウ!」
 あおいは、シクシクと泣き出した。顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。涙が、さくらんぼうに垂れた水滴のように、流れていく。
まるで、友人が手の届かない処に行ってしまったのではないかと思った、この小さな身体から離れて再び ――――。

 再び?

 啓子は、絶句した。自分の身体からわき上がってくるものに、恐れおののいた。まるで自分でないものに、操られているような、それこそ、何か得体の知れない亡霊に身体に乗りうつられて支配されてしまったのではないか。
 今まで、あおいに何処かに行かれたことなど、いちどもない。あるとすれば幼児体験だ。あおいと遊んでいて、彼女の母親が突然、連れて行ってしまう。しかし、それは自分の母親も自分に対して、同じ事をしたのだ。
 しかし、そんなことは、何処の世界でもありえる、ありふれた出来事だろう。だが、その時感じたやるせない気持は、今になっても思い出すことがある。淋しいような哀しいような不思議な気分。夕日に溶かされるあおいの背中を見つめていると、もう、永遠に彼女に出会えないような気がする。そればかりか、彼女に出会って互いに紡いできた時間がすべて嘘で、錯覚にすぎないのではないか。
 幼児だったので、そこまで具体的に言語化できたわけではないが、意識の周辺でそのような気持を強くしていた。
 けれども、おもちゃのシャベルを持っている方の肩を母親に叩かれたとき、あおいと同じように自分の家に帰っていくのである。その時にはもはや、そのようなもやもやは、あさっての方向にうっちゃってしまっているのだが。

 あおいは、死んだサバのように冷たい腹を見せている。先ほどまで燃えていた炎は、いつしか消え去って、兵ものどもが夢の後のような跡のような、無常観だけが死後の魂のように残存していた。
 その中では、啓子が想像できない戦場が展開していたのである。しかし、部屋の外からは、戦場の火を再び灯すような人物が足音を立てていた。あるいは、不発弾が少女の中に残っていたのかもしれない。

 


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『由加里 78』

 はるかと照美、それにゆららの3人が大人を巻き込んで、青春ドラマに明け暮れている時に、別の空間では人倫と人間性を同時に無視した行いが続いていた。
 それも病院という清潔と奉仕の白に塗り込められた場所においてのことである。暗い病室の中では絶対的強者が弱者を思うがままにしていた。まさにしたい放題とはこのことであろう。
 白衣の天使は妖女となって幼気な少女に絡みついている。大蛇が小蛇を捕って喰おうという絵画が額に嵌ってひとつの作品になろうとしている。

「ァァ・・・ウウウ、ウ・ウ・ひ、いや・・・・・や、やめて・・・・・ウウ」
 
 全身の血管に針金を突っ込まれるような気がする。少しでも動けば激痛が走る。羞恥心は、自らの身体を縛って虜にしていた。そのために、自ら声を抑えてくれるのだから、陵辱者としてはこれ以上のサービスは考えられないというものだ。

「何が、やめてよ。もっとしてほしいくせに・・・・フフ」
「ウウ・・ウ・ウ、そ、そ、そんな、う、嘘です・・・ウウ・ウ・ウ」

 ことここに来ても、少女は、知的で清楚な自分を保つことに固執している。可南子にしてみれば、それが彼女を憎むと同時に可愛らしいとも思うわけである。可南子は、咲きかけた蕾に接吻した。

「アア・あ?! 痛いああああああ!?」 
 可南子は自らの指を少女の性器に食い込ませた。海鼠の内臓は看護婦の残酷な指によって、捻られ、握りつぶされた挙げ句に、身体の外に引きずり出されんばかりに引っ張られた。当然、脊椎に鉄芯を押し込められたような激痛が走るのは、言うまでもないことであろう。
 さすがに、この時は叫び声を押さえることができなかった。それでも、極力控えようとの努力は見て取れたが。
 首筋に光る汗は、小蛇ののたうつ姿を彷彿とさせた。
 可南子はそれを見ると残酷に反転した目をさらにもう360度回転させた。サメに襲われた経験はある人はわかるだろうが、彼らが噛みつくとき、その黒い目は白に変色するのである。彼女のさまはそれに酷似している。
「このインラン中学生、まだイくのは早いわよ。ふふふ」
 数万の針が絡みついてくるような声が、由加里の肩に響く。少女はそれを地獄からの誘いのように受け止めていた。もう、これから自分は人間ではなくなるのだと思った。地獄の囚人になってこの看護婦から一生辱めを受け続ける。それが運命なのだと諦観するまでに至った ――――少なくとも本人はそう思っていた。
 しかし、いざ、それが実行されるとなると話は別だった。
 おもむろに、性器に硬質な物質が押しつけられたのである。

「ひ、つ、冷たい!!?何?」
 悪ガキに摘まれたヒヨコのような声が、少女の口から零れた。しかし、それは硬いだけでなく粘着質な性格を性器で感じることができた。

―――――これは、まさか。
「これが、何かわかるかしら?さっき、由加里ちゃんが触れていたものよ。とても気持ちよさそうにね」
可南子はヒヨコの頭をむんずと摑むと、自分の方に引き寄せた。乱暴な手つきが僧坊筋と胸鎖乳突筋を強(したた)かに痛めた。
 口ぶりと打って変わって残酷な仕打ちに、由加里は怖れ戦いた。
 もっとも、彼女にとってこの世で最も怖いのは、海崎照美なのだ。彼女に比べたら、可南子など小鳥の啄んだ芋虫にすぎない。
 妖女の姿に、冷たく笑う悪魔を思い浮かべて、由加里は戦慄を憶えた。しかし、それは記憶が造り出す一種の幻想にすぎない。今、それどころではない事態が少女に起ころうとしていた。精神だけではなく肉体にも及ぶ、実体としての恐怖が降り懸かろうとしていたのである。

「私の顔を見なさい ―――」
「ウウ・・ウ」

 由加里は、記憶の中の悪魔ではなく実体を持った悪魔を目の前にした。三次元を占める実体の前では、記憶や幻想などあさっての方向に飛び去ってしまう。

「これが何か、おわかり?」
「ウウ・ウ・・ウウ・・ウ?!」
 少女は、どす黒くそそり立つ物体に可愛らしい頬を犯されていた。由加里はその正体を知っていた。何の雛形なのか過去の記憶を訪ねなくても諳(そら)んじることができた。
 その理由は知らなかった。思い出したくもなかった、はるかに読むことを強要された書籍類のことなどは。
「ウウ・ウウ・・ウ・ウ・ウウ!?」
「どうしたの? 由加里ちゃんはこれが何なのか知っているのね」
 由加里が水を浴びたように、泣き続けるのは可南子が怖いせいではない。自分が、それを知っていることが悔しかったのだ。普通の中学生の女の子だったら、そのような知識があるはずがない。そう思ったのだ。
 可南子が示したのは、ペニスの雛形である。しかも、双頭である。読書の知識から、それが女性同性愛用の道具であることはすぐに知れた。

―――まさか。

 すぐに、自分が悟った事実を打ち消そうとした。そんなことはあり得ないはずだった。いや、あってはならないはずだった。しかし、目の前に提示された現実は、少女にある事実の訪れを突きつけたのである。
 可南子の娘である、かなんに強要されたレズ行為とは違う。未体験ながらも、これから可南子にされようとしていることが、単なるマネゴトと一線を画すことを知性の何処かで思い知らされたのである。
 可南子は、由加里がもはや人語をしゃべれる状態ではないことを悟っていた。

「じゃ、もはや、前フリも解説もいらないわネ!?」

 少女が自分の魔力によって身動きすらできなくなっていることを知った。潮時だと感じた。だから準備を始める。
 自分の膝の上で固まっている少女を少しどかすと、双頭ペニスの一方を自らの股間に埋め始めた。 驚くことに、少女が知らないうちに、彼女は下着を脱いでいた。暗闇なので色や形態は、まったく判別できない。
 可南子が出す音は、とても普通の人間の声には思えなかった。犬や猫などの哺乳動物のそれでさえない。昆虫や節足類が出す、一種、機械音に酷似した摩擦音だった。無機質な音は、その出し主の冷酷さや無神経さをあますところなく表していた。
作り物にしか見えない笑いを浮かべて妖女は言った。
「ううウウウ・・・ふう・・・ふふ、準備ができたわよ」
「じゅ、準備って・・・・・」
 こと、ここに至っても、視線を反らした由加里は自分が普通の女の子であろうとした。


 由加里が大事なものを失おうとしていたとき、鈴木ゆららは人生において大事な宝石をその手に乗せようとしていた。
 少女は、車窓の外を夢見る心地で見つめていた。流れる電飾のラインは、イメージの中で培ったパリの夜のようで、とても現実には思えなかった。
 照美やはるかと言ったクラスでも憧れの人たちと親しく会話をし、このような処にまで連れて行ってもらった。
 それだけではなく ―――――。
 雲の上の人間だと思っていた、今でも思っているが、そのアスリートに出会い、信じられない場所にまで足を踏み入れた。例えるならば、封建時代の農奴が貴族の城に招待されるようなものである。  当時の庶民にとって、そのような場所には精神的な防壁がオーラのように取り巻いていたにちがいないのだ。
 きっと、一歩、踏み入れたとたんに雷を落とされたような衝撃を受けたかもしれない。
 ゆららは、そんな思いだった。

 テニスの後は、食事に連れ行ってもらったのだが、その豪華さはさることながら、西沢あゆみが支払った金額に驚いたのである。カードを使ったのだが、そのときにレジ打ちの女性の口から出てきた数字に我が耳を疑った。
――――42000円になります。
「そう」
 あゆみのいかにも当たり前のような受け答えにも度肝を抜かれた。カードを受け取る手の動きは、まるで町中で配っているティッシュを受け取るように見えた。
当然、店外に出たあとであゆみに言った。
「あの ―」
 もっとも、それしか言葉にできなかったが。
「口に合ったかしら? え? いいのよ、出会いのしるしってことでね」
「そんな、私が困ります、母が ――――」
 そう言いかけて、自分の家にそのような金額をしはらう余裕がないことがおもい出された。
「子供は大人を食い物にして育つものよ、ふふ」
「す、すいません、ありがとうございました」
 あゆみは指で少女の額を撫でた。そして、背後を振り向くと声色を変えた。
「おい、はるか、お前は感謝の言葉もないのか」
「へへん、どうせ、親分肌を見せたいんでしょう?」
 悪びれるでもなくはるかは返した。まるでラーメンをおごってもらったごとくだ。しかし、次の瞬間には態度を変えていた。照美に視線を移したのを確認すると、ゆららの耳元に囁いた。
「この人、こういうのが好きなんだよ。気にすることない」
 自分の境遇を気遣ってくれている。ゆららは心の中が温まるのを感じた。しかし、気が付くと、鉱毒に侵された農地のように、穴を掘れば掘るほど惨めな気持が臭気を発するのだった。だが、それは同時に底のない自己嫌悪を導くことになる。まさに無間地獄とはこのことだった。
「・・・・・・・・・・・・・」
 はるかは、そんなゆららにかける言葉をもはや持ち合わせていなかった。ここで何を言っても自己弁護か軽い同情論に陥ることを知っていたのだ。
 ただ、寄り添うことだけがゆららに対する友情の証だった。

 車は、夜の闇を縫ってネオンサインを引き裂く。カーブを切るたびに、それらは赤や黄、そして、青の点滅を促し、さながらオモチャ箱をひっくり返したように見えた。自然と、それは喧噪とでも言うべき音を生じせしめ、視覚に訴える騒音と合わせて、まる空襲のように映る。
 街を行き交う人たちは、どれを見てもかまびすしく、忙しいように見えた。その有様は何時か映像で見た焼夷弾から逃げまどう住民にそっくりだった。
 そして、その中に、自身も含まれているのだ。
 今、塾帰りらしい少女が、車に衝突されかけた。けたたましい警告音にさらなるダメージを受けている。肩を狭めて、事態をやり過ごそうとしている姿は、まさにいじめらられていたゆらら本人のそのものではなかったか。
 今度は別の車に警告音をぶつけられた少女は、畳み掛けられるように、粗野な運転手に怒鳴りつけられた。

「何をやっているんだ、あの車!」
  背後から警告音をぶっ放そうとして、思い留めた。さらに少女が怯えるだけだと思ったのだ。
ゆららは、別の思いが過ぎるのを苦々しく思った。西宮由加里のことだ。照美やはるかが、自分に対して、信じられないほどに優しく接してくれる。一方、彼女に対しては、地獄の悪魔になってしまう。これはどういうことだろう。
―――あの人は自業自得なのよ!
 ゆららは、その言葉が自分を納得させられないことを知っていた。しかし、あえてそう思うことによって、自分を誤魔化そうとした。
 そうしなければ自分が保たない。
 もしも、いじめに荷担したならば、自分もかつて、自分をいじめた人たちと同列になってしまうからだ。それは決して認められないことだからだ。
 漫然としない気持で、夜の街を見遣るゆららである。しかし、照美の美貌が視界に入ったとき、彼女に伝えるべき事を思いだして、そこに電気を通らせたように、髪の毛の一部を針のように尖らせた。


 
 





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『新釈 氷点 2009 2』
 啓三は、ただ黙って机の上にあるものを見つめていた。それは彼の家族のポートレイトだった。自分と妻である夏枝、そして、二人の前に長女である薫子が立っている。そして、その前にはお客用の豪奢な椅子が置かれ ――――。
 その上には ―――――。
 次期城主の視線は写真の中の聖域に注がれていた。それは、現在の彼がけっして見てはならないものだった。何故ならば、彼じしんの精神の健康を非常に害する危険を内包していたからである。  しかし、何十キロも走ったランナーが水を求めるように、愛娘の顔を探しあてていた。

「ルリ子!!」

 根の国からわき起こってくるような嗚咽とともに、彼は愛娘の名前を呼んだ。写真に映っている元気な姿は、もうこの世の何処にも存在しない。変わり果てた姿になって骨壺に入っている。
 啓三は、嗚咽を抑えられなかった。
ソテツの群生が作る影に、まるで生ごみのように捨てられた我が娘。その姿を啓三は死んでも忘れられないだろう。
 それはあのパーティの日だった。
 犯人は簡単に逮捕された。
 
  佐石土雄

 啓三は、この世が終わろうともその名前を忘れないだろう。
 よもやあるまいと思うが、死刑以外は認められなかった。もしも国が殺してくれないなら、我が手で同じ目に合わせてやろう! そのためには裁判所に赴こう! そう誓ったはずだった。
 しかし、その憎き犯人は、まもなく留置場で首を吊って自死に至った。この手で殺すはずだったのに!!
 行き場を失った怒りは、今の今まで啓三の中で蜷局を巻いている。やがて、その毒牙を食い込ませる敵手を求めて、いつか鎌首を擡げるだろう。それを佐石のために温存していたのに。
いや、その目標は手短にいた。なんと、彼がこの世でもっとも愛しているはずの ―――女性だった。

――――あの時、夏枝はいったい、何をしていたのだ!!

「もしや、ルリ子が殺されたとき、あいつら、抱き合っていたんじゃ!!」
「・・・・・啓三?」
 春実が見た親友の顔は、かつて温厚で誰に愛される青年医師のそれではなかった。復讐の悪鬼と化した。
「ありえるかもね ――――」
 ルリ子の死亡時刻を考えてみれば、合ってはならないピースが嵌ってしまう。
 春実は、愛らしいルリ子がむさ苦しい浮浪者に陵辱され絞め殺される場面を思い浮かべた。そのとき、あの二人は不倫の愛に溺れていたのだ。
 常に冷静沈着な性格がウリの春実でさえ、その顔を直視することはできなかった。リノリウムの床をみつめながら、自分が火を扱ってはいけない場所でマッチを擦ったのだと危惧した。
 しかし、もう後戻りはできない。もう、行けるところまで突き進むまでだ。

「啓三、理解してくれたのね」
「ああ、善は急げだ! 安斎くん!」
 啓三は、秘書が入ってくる前に叫んでいた。
「これからのオペはキャンセルだ。他の先生を当たってくれ ―――」
「啓三!!」
 メラメラと燃え上がる炎を目の前に、春実は、何も出来ずに立ち尽くしていた。改めて、もう引き返せないのだと実感した。さきほど思い浮かべた地獄の映像を、思い出すことにした。そうしなければ、とても立っていられないと思ったからだ。

「辻口先生!!」
 秘書も、自分が何も言い出せないことを理解していた。温厚な上司の変容をただ絶望的な視線で見つめていた。そして、悲しみと怒りのない交ぜになった視線をその犯人に向けることでしか、自分を納得させられなかった。
 しかし、春実のほうではそんなことを忖度している余裕はない。
「私の車で ―――」
「ああ」
 白衣も脱がずに廊下へと駆け出す。
「先生!」
 甲高い男の声は谷崎のものだった。用を足していたのである。
「谷崎くん、車を回して、愛児院に向かうわよ」
 彼も、啓三のただならぬようすに肝を冷やしたようだ。口の中に異物を突っ込まれたような顔をすると、上司と青年医師を車に先導する羽目になった。
 谷崎は背後を見るのを恐れた。まともに医師の顔を見る勇気が自分にあるとは思えなかった。上司の顔を伺ってみたかったら、そうしたならば、悪鬼の顔も視界に入ってしまう。気弱な青年としてはそれは避けたかったのである。
 リノリウムの床は、どんな気分で靴音を3人に返してやったのだろう。どんな気分で見送ったのだろう。病院を象徴するような清潔の白は、ただ、沈黙を守っていた。

 さて、車に滑り込んだとき、啓三はまだ白衣を着ていた。
「啓三、白衣・・・・・」
「ああ ――」
 そんなことはどうでもいいとばかりに、白衣を車の背後に押し込む。任務を与えられなかったスピーカーは、文句を言いいたげにうなった。男の体臭が染み込んだ白衣など押しつけられたら迷惑だ。そう言わんばかりに見えた。
 エンジンは、そんな友人の不平など何処吹く風とばかりに、凶暴なうなり声をあげる。啓三は、それが犯人である佐石のいまわの際の声に思えた。
 実は、彼が死亡したとき、警察から連絡を受けていた。

「実は、遺書を残しているのですが、それが辻口さん宛でして ―――」
「結構です!!」
 ただ、その一言を以て、啓三は受話器を乱暴な手つきで投げづけた。
 何て、世間とは無神経なのだろうと思った。被害者の遺族がそんなものを知りたいなどと、誰が思うものか。ひたすら、思考はマイナスの方向に下った挙げ句、どうして、自分の娘は死んでしまったのに、他人の子供たちは呑気に笑っているのだろうなどと思うようになっていた。
 病院に産婦人科から聞こえてくる声や音。新生児の産声や、親たちの歓声。それらを聞く度に耳を塞ぎたくなった。妊婦を路上に放り出して、産婦人科を閉めたいとまで思った。たまに、流産や奇形児の出産を聞くと胸がすく思いだった。しかし、とうぜんのことながら、次の瞬間には全身を切り裂かれるような罪悪感に苛まれるのだが・・。
 今、それらをすべて解消してくれそうな気がした。

 愛児院に収容されているという佐石の娘。その子は二重の意味で啓三を救ってくれそうな気がした。
 自分を裏切った夏枝に対する復讐。
 そして、失ったルリ子の変わりとして。
 しかし、後者には問題があった。自分がその子を目の当たりにして、手を出さないという自信がなかった。少女が足にまとわりついてきたとたんに、その首を絞めてしまわないか。その衝動を自分で抑えきる自信がなかった。
 そんなことを考えながらも、車は山の中に入っていく。その愛児院の名前は啓三の耳に親しんでいるとはいえ、じっさいにその場所に行ったことはなかった。その辺の雑務は産婦人科以下、専門に行うセクターがあるし、啓三はそれに口を出したこともなかった。彼の父親である現院長などは、知人を会して容姿縁組みの世話をしたことがあるが、よもや、自分がそれにかかわるとは思わなかった。
 彼と夏枝には長女がいる上に、次女である、いや、だったルリ子も生まれて間もなかったからだ。

 それが ――――。

 啓三は、考えまいと思った。いま、車は急勾配な坂にぶつかったところだ。急に重力が身体にかかって、空が見えた。雲が太陽を隠そうと企んでいるところである。その木漏れ日が地上に差し込むと、それが天なる神から光が自分たちに分け与えられているようにも思えた。
 それは、何か意味があることなのだろうか。もしかして、預言ということはこういうことだろうか、あの光の帯を言語に変換する方法がこの世にはあるとでも言うのか。
 苦悩する啓三は、愛児院が視野に入るまで一言も言葉を発しなかった。

「そうだ、あの愛児院にはうちの産婦人科医が常駐しているはずだ」
「あんた、自分の病院のことなのに、そんなことも知らないの?」
 友人が落ち着いたのを確認するように言葉を紡ぐ。
「産婦人科のことは親父に任せているからな ――」
 ドアを開けながら山の気を吸い込む。とても呑気な場所だ。啓三は思った。ここ数日の苦悶が嘘のようである。もしかして、すべて嘘なのではないか。性格の悪い悪魔が魔法でもかけて、自分をたばかったのではないか。
 青年医師の中に多少なりとも残っていた希望の光か、あるいは妄執とでも表現すべきか、何れにしても、そのような部分が彼に一瞬の白昼夢を提供したことは事実である。
 さて、その建物は啓三を待ちかまえるように建っていた。

「キリスト教関係だったのか」
「そんなことも知らなかったの?」
 教会とキリスト教を象徴する記号を指さしながら言う啓三。今度は、あからさまな蔑視を向けながら、言葉の塊をボール代わりにして、啓三に投げつける。
「そんなことはどうでもいい。もう連絡はしてあるのか、春実」
「そうよ、その辺、抜かりはないわ。もう手配してあるから、父親のつてを利用してね」
「この院長とかかわりがあるのか」
「そうらしいわ」
 ハイヒールの音も軽やかに小石を飛ばす。先導する春実に駆け寄る啓三。運転主、件、秘書である谷崎は神妙な面持ちで背後に控えている。
 3人が通されたのは教会の説教部屋だった。キリスト教に関係ない者にとっては、単に教室を変形させたようにしか思えないだろう。あえて、両者の違いを指摘するならば、机がないということだろうか。

「ああ、お嬢さんかぁ、赤ちゃんのことははがきで知ったよ。その後どうかな? お父上は引退されたと聞いたが ―――」
「ええ、健在ですわ。それに父は、第二の人生に邁進中ですわ。白眉さん」
 春実は、隣に座っている院長を気遣いながら言う。ちなみに、啓三は春実の横に座っている。
「院長先生は、神父様と兼職なさっておられるのですか」
「そうじゃよ。イヤ、今はもう医療のほうには携わってはいないが、医師免許は健在じゃな。別に破いてすてる必要はないから、そのままにしておる」
「はぁ ―――」
 別にキリスト教徒ではないが、宗教的な権威には総じて弱い啓三は、このような人物と出会うと思わず恐縮してしまう。

「ああ、坊や、君も座りなさい」
「はぁ」
 豆鉄砲を喰らった鳩のような顔で、坊や呼ばわりされた谷崎は啓三の横に座る。これで四人が並んだわけだ。
 教会の窓を装飾するステンドグラスの主題は、『ドラゴンを退治する大天使ミカエル』である。この手の内装にはありがちな内容だが、愛児院という舞台には相応しくないような気がして、春実は笑いたくなった。啓三は、ただ畏れ入るだけでそんなことに思考が赴くはずはない。
 春実が口を開いた。

「白眉さん、赤ちゃんの件ですか」
「聞いているよ、そちらの旦那さんかい。引き取りたいと言われるのは。」
「はい、院長先生」
 畏まって啓三は答える。自分の名前からすべてを察しているだろう。それは覚悟の上である。
「どうしても引き取りたいと、彼女から伝え聞いておるが、このことを奥さんは知っておられるのだろうね」
 念を押すように言う。頭を見れば頭髪はほとんど残されていない。毛根はすでにその役割を完全に忘れ、数本の白髪が、枯れ木を思わせる。
 しかし、口調はしっかりしている。この話題に入ってから、まるで脂の乗り切った30代に戻ったようだ。その肌は湿度を増し、目の色も黒曜石のように光り出している。
「では、改めて問うがが、どうして彼女を引き取りたいと思われたのか」
 だが、啓三にしては寝耳に水だった。春実は、もう、ここまで話を進めていたというのか。自分が言い出したなどと。しかし、老翁の勢いは、啓三をして釈明せしめる意図を途絶させた。
「・・・・・・・・・・相手の、罪を許すのがキリスト教だと聞きます。私はクリスティアンではありませんが、  その教えには首肯せざるをえません。しかし、犯人が死亡したいま、私には許す対象がいないのです」
 啓三は、驚いていた。こんなに見事にいい訳が言の葉になるとは思ってもみなかった。まるで何者かが、自分の口を借りて捲し立てているかのように思えた。
「それで、その変わりにあの子をと?」
「え?」
 老翁が指さした先には。
 ドアが開く音とともに、出現した、それは。
 春実は声も出ないようだった。

 まるで何者かが予め書いた舞台のように、事態が進んでいく。啓三と春実は、それに巻き込まれていくことに驚きとともに畏怖を感じていた。
 そこには白衣の男性がいた。彼は、ひとりの乳幼児を抱いていた。まるで、赤ん坊のイエスを抱くマリアが出現したのかと、ここにいる全員に思わせた。
 何よりも、そのタイミングの良さが皆を圧倒させた。真っ白な光がこの乳幼児から放たれていた。啓三の頭の中は、もはや、その光にすべての感情が帳消しにされてしまった。怒りも、恨みも、悲しみも、そして、愛すら。それらすべてが光に溶かされ、いや、光と同化してしまった。
 啓三は、震える手を光の中心に据えた。


 それから、12年が経った。
 海の見える高台にその家は建っている。瀟洒な3階建ての建物は、よく教会と間違えられる。しかし、じっと見れば十字架がないことを知って、はじめて、それが普通の住宅だと認識する。もっとも、どう見ても普通のサラリーマンが一生かかっても建てられる家には見えない。
 それが当然だと誰の口にも言わせる事情がある。
 辻口啓三、言わずと知れた辻口医院の若き院長。長崎城主である。
 今、その豪華な玄関に口が開いた。

「言ってきまあす!お母さま! お父さま!」
 結婚式の花嫁が両親に告げるような声が朝の海に響く。しかし、その後に通じたのは、お通夜の挨拶だった。
「言ってきます」
「薫子、何ですか?朝からそんなに元気がないことで、どうします!?」
「陽子と一緒にしないでくれるかな?」
 走り寄ってきた女性は、目の前で我が子がトラックにはねられた母親のような顔をしている。薫子と呼ばれた少女は整った顔をくすませて言う。
「お母さま、大丈夫ですよ、薫子は元気です」
「お姉さまは朝がお悪いですからね ――」
 その笑顔はまるで太陽だ。薫子はクラクラする頭を掻いた。
「ねえ、聞くけど ―――」
「何ですか?」
 さらに光を増す太陽と、相当に大きいはずの自宅が人の頭ほどになっている ―――にもかかわらず、母親の、夏枝の送迎の声が響いている。
 それらのせいで、射殺処分を覚悟の上で、戦闘忌避を軍隊に申し込みたいところだったが、あえて、武器を手にすることにした。

「陽子、今って開明時代だったかしら?」
「何を言っておられるンですか? お姉さま、今の年号は大礼ですわ」
 きょとんとした顔で、妹は答える。姉が言った年号は、自分たちが産まれる前の、前の、年号だったはずだ。
「もういい、先を急ごう」
「お姉さま、どうなさったのですか?」
 姉に抱きつかんばかりの勢いで追いすがってくる妹から逃げられるはずはなかったのだ。
 気が付くと、彼女の右手は太陽によって喰われていた。

 一方、父親である啓三は娘たちの姿を微笑みながら眺めていた。きょうび、手を繋ぎながら登校する姉妹などお目に掛かれるものではない。
――開明時代か?
 啓三は車のキーを弄びながら海を吸った。 

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『マザーエルザの物語・終章 28』

 教室に戻ったとき、あおいは息も絶え絶えな状態で、多分にクラスメートの同情を買った。少女の真珠色に輝く額には、脂汗のようなものが滲んでいる。霧を吹きかけた高級陶器のようで、反射光の美しさがやけに目立って痛々しい。
 啓子にもそれが伝わったと見えて、心配そうに親友の顔を伺っている。
「大丈夫? 早く座ろうよ。それとも保健室に行く?」
 あおいにしか見せない顔で言葉を投げかける。事実、二人の間に流れている世界には、第三者が入り込める隙を見いだせなかった。
 だから、固唾を呑んで、周囲の児童たちは眺めるしかなかった。ある意味、それは夫婦に似ている。啓子があおいの肩を抱いて、労りながら席に着かせるその仕草は、夫が病床の妻に対して見せる魂に満ちていた。
「ウゥ・ゥ・ゥ・ゥ」
 一方、あおいは意識が細(こま)切れになるような官能に襲われながらも、絶え間ない罪悪感に苛まれていた。

――ああ、私はこんな扱いをされる価値なんてないの。
 
 小学生のあおいには、性的な感覚をその意味において理解できるほど知性が発達していない。だが、無意識の領域では、それを完全に識別し分類さえしていたのである。官能が与える麻薬的な感覚に対して、それを率直に快感と受け止める感情と羞恥と受け止める理性。ある意味、機械的な無意識は善悪の判断をしない冷静な視点で、自分を見つめていた。
 「ウウ・ウ・ウ・ウ・ウウ」
 啓子を含めた周囲に自分を合わすのも一苦労だ。時間に遅れてしまいそうな気がする。いや、既にみんなが手の届かないところに行ってしまったような気がする。もっと似つかわしいたとえを用意するならば、周回遅れのランナーというのが一番適当かもしれない。
 
 いつの間にか、みんなあおいの手のとどかないところに言ってしまった。もう、誰も彼女をまともに相手にしようとしない。自分だけが木製の人形になってしまったかのようだ。
 全身が縮んでしまいそうな羞恥心に苛まれて、知らず知らずのうちに肌がピンクに変色していた。鳥肌も立っている。
 めくるめく官能に意識を吸い取られてわずかに残った知性で、周囲に目を向けてみる。できることは眼球をわずかに動かすぐらいしかない。 
 とうぜんのことだが、気が付くと、啓子には自分の席に着いていて、自分には寄り添っていない。教壇には、担任である阿刀久美子が、何やら声を張り上げている。しかし、その意味はまったく頭に入らなかった。 
 もう、礼は済んでしまったらしい。あやふやな意識で過去をふり返ってみると、「規律、礼」という学校では何十年も恒例となった声が聞こえる。

 いっしゅんだけ、あおいは肉体を抜けていた。時間と肉体を超越して、学校という概念そのものを窓の外から眺めているような錯覚に陥った。その焦点の中心には自分がいた。哀れにも震えている少女だった。
 本来ならば、楽しくてたまらない空間だったのに、いまや自己嫌悪のタイルに床も壁も埋め尽くされている。たまため天井を眺めてみたら、目に侵入してきたのは同じタイルだった。机やクラスメートたちは、約一名を覗いて単なる記号にしかみえない。もちろん、その一名は赤木啓子である。

―――み、見ないで、啓子ちゃん・・・・・。

 あおいは、カタツムリのように意識的に自分で造った殻に閉じこもろうとしていた。しかし、親友の視線を妨げることはできなかった。それは、制服を通過して少女の秘密の部分にまで達しているように思えた。そこには、彼女が何よりも、そして、誰からも護りたい恥ずかしい秘密が隠されている。

―――教室でもこんなことされてるなんて・・・・・・。

 有希江の手で股間をむんずと摑まれているような気がする。家で姉にされていることがありありと思い出される。いや、あたかもここが教室ではなくて、自分の家のようなきがする。全裸にされて犬のようによつんばいにされたあおいは、恥ずかしいところを弄られて呻き声を上げているのだ。
 姉の笑い声がいま、そこにあるような気がする。
 気が付くと、教壇に居座っているのは、久美子でなくて有希江が弁慶のように立ち尽くしていた。
 しかし、次の瞬間には、久美子に戻っていた。ちょうど宮沢賢治の詩を板書してふり返ったところだった。
 あおいは、それを書き写しながらつくづく思う。

――――ここは、勉強するところなのに・・・・・・・・・・・・・・。

 本来ならば、授業とは休み時間をひたすらに待つ時間にすぎなかったのに、それは、本人はおろか担任をふくめたほぼクラスの成員すべてがそれを認識していた。そのあおいの元気がない。思えば、この少女はクラスの太陽だったのだ。らんらんと輝いているときは迷惑なだけだったが、アマテラスの神話のように、いちど、岩戸に籠もってしまうと、その温かさが身にしみて思いだされる。みんな、そうなってはじめて、その価値に気づくのである。

――――あおいちゃん、どうしたのかな?
 
 教師の秋波をかいくぐって、クラスメートたちは、心配そうな視線を贈ってくる。すると、啓子以外のクラスメートもただの記号ではなくなっていく。それは同時に少女の羞恥心を倍増させることにつながる。たまたまその視線のひとつと目があったりすると、顔を真っ赤にして俯くことしかできない。羞恥のためにからだを動かしたりすれば、憎らしい相手がいたずらを始める。股間に埋め込まれた異物が動き始めるのだ。
 身体は、異物を外に出そうとするが、恥ずかしい秘密の一部が作動して、それを内部に押し込めようとする。心ならずも少女じしんの努力もあって、阻まれてしまう。
 一連の動きは仮想セックスのようだが、さすがに少女はそこまで考えが付かなかった。そもそもセックスというものが想像できない。そういう単語は聞いたことがあるが、少女じしんはまだそれに触れてはいけない年齢だと思っている。有希江もそれを教え込むということはないようだ。
 加えて、このとうじのあおいにとって救いだったのは、オナニーという概念が持つ意味すら明確でなかったことだ。それは不幸中の幸いというべき事態だったが、この時の刺激が後になって、それに開眼する契機になったことも事実である。
 
 しかしながら、性器の周囲を弄るとやがて湿り気を帯びること、言うまでもなく、それは小便とは別の液体である。あおいは、全クラスメートの目の前で辱めを受けているような気がした。
 冷たい笑いが少女を襲う。それは、かつて、少女を包んだそれとは全く違う、口臭に満ちた冷たい笑いである。多分に、苦笑というスパイスが含まれていながら、それは優しい温度に満ちていた。温泉に浸かったあとで鉄砲水に流されるようなものである。
 もしも、下半身の秘密をみんなが知ったら、そのような態度に出ることは火を見るよりも明らかに思えた。ちょうど家庭で起こったことが場所を変えて起こるのだ。
 少女が何よりも怖れるのは、赤木啓子の動向である。彼女から見捨てられることは、すなわち、自分の死のように思えた。死というものは、体験したことはないが、もしも、それがあるとすれば、啓子を失うくらいに怖ろしいことだと思っている。

 膣の中に異物が入っているということは、同時に、耐えず局所が開いているということである。それは絶え間ない尿意に襲われていることと同義である。それがもたらす羞恥は、子供のときのおもらしの比ではない。
 股間から這い上がってくる巨大なムカデは、少女の理性を完全に曇らせる。だから、教師の言葉もこのように聞こえることになる。

「みなさん、榊さんには秘密があります ―――」

 教師の声に従って、クラス中がごおっとなる。それに煽られるとさらにあおいを責め立てる言葉が、彼女の口から発される。
「榊さん、立って下さい。そして、スカートを捲ってください」
 あおいは、巨大な鉈(なた)で脊椎を割られるような衝撃を受けた。この先生はいったい、何を言っているのだろう。少女は、訝ったが、同時にその発言が正鵠を射ていることを思いしらされる。なんと言っても、少女の股間は不自然な金庫によって閉じられているからだ。
 そして、教師の発言はさらに情け容赦なくなっていく。
「はい、みんなで榊さんの秘密を調べてみましょう!」
「賛成!!」
 机が、椅子が、恐怖の宣告をする。それは世界の終わりに天使が鳴らすラッパにも酷似している。
「いや!やめて!!」
 たまらなくなって泣き叫ぶあおい。しかし、次の瞬間、その声によって何かを思い出したのである。 それは別名、現実という。今まで、あおいが体験してきたのは彼女じしんが紡いだ悪夢だった。
 最初の教師の言葉はこうである。
「榊さん、黒板まで来てこの問題を解いてください」
 次は ―――。
「どうしました?」
 クラスメートのざわめきも、あおいに対する同情に満ちた温かいものだった。何もかも真逆の方向にベクトルが向かってしまった。心ならずも、誰かの声が合図となってあおいは意識を失ってしまった。その声をあおいにとっては何かの引導だったのだろうか?
「榊さん?」
「あおいちゃん!?」
 教師の声と、啓子の声、そして、クラスメートたちの声。それぞれが渦を巻いて、ぐるぐると少女を螺旋の中心へと落とし込んでいく。

―――う、失っちゃいけない。そんなことなったら、バレちゃう! ぜったいに知られてはいけない、秘密が!!

 意識をはっきりさせようと、息込んだが、いちど折れたタンポポの茎が元に戻ることは、ほとんどないだろう。
足に入れようとした力がしだいに抜けていく。ただの棒に変化していく。そして ――。

 暗転。

「朝から具合悪かったのよね、ムリするから」
「・・・・・・・・・・!?」
 無責任な保険委員を睨みつけておいて、啓子はあおいに駆け寄るなり抱き上げた。その仕草があまりに自然なので、教室中、一枚の絵を見ているような気分になった。時間が停止したのである。
教師ですら、まったく手を出すことができなかった。
 そうこうしているうちに授業のおわりを告げるチャイムが鳴った。

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『由加里 77』
「女の子なのに?」
「ウウグググ・・・ハイ」
 まるで自分自身の死をモールス信号で表すように、由加里は答えた。
「よく言っていることがわからないんだけど、あいにくと、私は、ごくノーマルな人間なのでそのヘンのことは詳しくないのよね。誰かと違って・・・・・」
 自分のことは何処かの棚に上げて、大胆に言ってのける。おそらく、その棚は、この地球上の何処にも存在しないにちがいない。近くて、太陽系の外縁くらいだろうか。
 
 一方、由加里は、まっすぐに妖女の侮辱を受けて止めていた。承けて流すことを知らないこの少女は、ここまで侮辱され唾を吐かれても、品位を下げるということを知らない。可南子は、それが気にくわない。
 彼女のような女性が一生かかっても、それこそ、地球の北から南まで駆け回ったとしても、由加里が持ち合わせているような品位を得ることはできないだろう。何の努力もせずに西宮由加里という肉体に生まれ落ちたというだけで、この少女はこんな高級な真珠を持っている。それが許せなかった。

「きっと、生まれつきインランで、薄汚い由加里チャンなら知ってるのよね。もっと詳しく教えてくれない?」
「ウウ・ウ・ウ・ウウ・・、コ、コミックで、きっと、架空の・・・・・ウウ・ウ・・ウウ」
 賀茂真淵や、本居宣長が聞いたら、きっと呆れるどころではなく悪霊となって取り憑くぐらいのことはするにちがいない。完全にただしい日本語というものを無視している。
 少女は、自分の中に競合する感情たち、例えば、羞恥心や悲しみ、そして、絶望感や無力感、それらマイナスのエネルギーの対応に苦慮していた。そのために、それを言語化するプログラムが上手く作動していないのである。
 しかし、可南子の方はそうはいかない。もともと、ものを深く考えるということを若いころからしてこなかったこの女は、自分と違う思考タイプが存在することを想定できない。だから、由加里のような自分よりもはるかに知的に優れている存在に、意識的にせよ、無意識的にせよ、そねむことになる。
 しかし、そんな内心などオクビにも出さずに、由加里をいびり続ける。
「そんなコミックがあるの? でもあるとすれば18禁よね。ところで、由加里チャンっていくつだっけ?」
「ウウ・・じゅ、十四歳です・・・ウグ!!?」

 言い終わるまえに、失禁状態の性器に指がエイリアンのように侵入していた。あやうく処女膜を破ってしまうところだった。
「危ない、危ない、それは本番でやることだったわ。ねえ、由加里チャン、14歳なのに、そんなもの読んでもいいの?」
「ウウ・ウ・・ウ・・ウウ、い、いけません・・・・ウウ・ウ・ウ・ウ」
 成績という一面だけでなくて、生活態度や教師への心証といった点に置いても、黄金の内申書を誇っている由加里である。それは実質的なドキュメントに留まらない。小さい頃から大人にいたるまで、年上に対する心証は同年齢のそれをはるかに凌駕して好印象だった。
 内申書には数字で表現されるものとされないものがある。由加里は、両者において常に満点を誇っていたのである。
 まさに可南子の反対側を歩いてきた由加里である。そのふたりが、二人は奇縁によって交差しようとしている。
 メスの大蛇が小蛇に絡みついている。後者の頭に輝く真珠を狙っているのだ。
 それは彼女じしんの境遇に対する不満からくる復讐心なのか。そもそも、ものを考えない性質の彼女だから、考えるまえに手が出てしまう。
 しかし、邪悪な妖女がいくら少しくらい美しいものを食べたとしても、鱗のひとつが輝くにすぎない。これまで、重ねてきた悪業のどれをとっても償われることはないのだ。どうじに、彼女の品位がすこしでも上がる等と言うこともない。

「本当に悪い子ね、罰が必要だわ!」
「ひぃ!痛い!!」
 可南子は、由加里のクリトリスを捻り潰さんばかりに抓った。
 睫から眼球に至るまで、ものを見るためのすべての器官が涙によって溶かされてしまうのではないかと思った。
 写真を印象画風にぼかすコンピューターソフトが存在するが、ちょうどそのように視界が歪んでいた。ミレーやルノワールと言った印象派の巨匠と呼ばれる画家たちの作品の高尚さとはまったく違う次元の、浅薄で短絡的な技がそこに存在している。
 ―――私なんて、このていどの人間なんだわ。誰にも愛される資格なんてない。
 そう思った同時に、家族や友人たちの顔が浮かんでは消えた。いや、消えるだけならいいが、かつては、自分に向けられていたまぶしいばかりの笑顔が軽蔑と憎悪の入り交じった顔に変わるときには、全身の毛穴が萎む。
 めざとい可南子は、そんな由加里の変容に何処までも追いついていく。まるで、ストーカーのようだ。
「寒いの? もう夏なのよ。あたしが温めてあげる!」
「ウギィイ!?」
 可南子は、由加里が負った重傷のことも忘れて力の限り抱き締める。ギリギリと全身の骨が軋むような気がする。このまま抱かれていたら、折れてしまうのではないか。由加里は怖れた。
 「今日はねえ、可哀想な由加里チャンのために最高のプレゼントを用意したんだよ」
 妖女は、可哀想なという形容動詞が少女のプライドを丸裸にするために、最適な言葉だと意識ではなく、無意識のレベルで知っていた。
 大蛇は、まさに小蛇を取って喰おうとしていた。


 ちょうど、その時テニスコートでは、黄金が煌めいていた。それを嫉妬たっぷりの視線で見つめる美少女がいる。


「私はねえ、はるかのヤツがむかつくのよ ――――」
「え?」
 鈴木ゆららは、年長の女性を見上げるように、照美の綺麗な顔を見つめた。
 はるかとの試合を終えた照美は、汗を拭きながらスポーツドリンクに口を付けている。その姿がやけに絵になる。美の女神のようなその姿に気を取られていて、肝腎のご神託、そのものは耳に入っていなかった。
  しかし、照美は話を続ける。
「 ――――あんなに夢中になるものがあってさ」
「・・・・・・・・」
 この時になって始めて、ゆららは、「むかつく」という言葉が「羨ましい」と同義であることを知ったのである。
 そして、本来ならばぞんざいな言葉遣いをしない才媛が、自分に対してそのような言い方をすることじたいが、栄冠のように思えた。まるで疑似家族に叙せられたような気がした。そのことじたいが誇らしかった。人間として自分を扱ってくれるだけでなく、このような特別な扱いをしてくれる。それは、自分のような汚らわしい存在には晴れがましい衣装だった。
 うまく、言葉を使って自分の気持ちを表現できない。しかし、そんなことは構わずに照美は言葉を紡ぎ続ける。

「何をやっても、私は、おもしろくないのよ」
「でも、私は何をやっても、満足にできない ――――」
  ゆららが失禁するように言葉を吐き出すようすを見て、照美は自分の失態を呪った。今度は、照美が話を聞く番だった。
 はるかが言った能力と運命のことを思い出しながらも、意識の届かないところで舌を動かすことを余儀なくされる。
「私は、照美さんが羨ましい ――――」
「・・・・・・・・・・・」
 目の前で一級の試合が行われているというのに、照美とゆららは、そちらの方を見ていない。しかしながら、そんなことを気にするあゆみではなかった上に、はるかにしても、目の前の球を拾うことに夢中で、余裕はまったくなかった。
 病み上がりとはいえ、西沢あゆみは西沢あゆみだったのである。いや、当時のレベルにおいては、彼女の力量を理解できる立場になかったのだろう。同年齢の選手の中でずば抜けた力量を認められているとはいえ、やはり中学生。相手は世界的なプロである。大人と子供が相撲を取っているようなものだ。
 照美とゆららの方でも、そちらを忖度する余裕はなかった。前者は後者に心を砕き、後者は狭窄した視野のなかで閉じこめられてラケットがボールを叩く音すら聞こえていない状態だった。

「ゆららちゃん・・・・・・・」
「ウウ・ウ・ウウウ」
 照美は言葉をゆららを正当に遇する言葉を知らなかった。だから、こうするしかなかった。ゆららの華奢な、いや、華奢すぎる肩に手を回した。
「・・・・・・・!?」
 照美は驚いた。服の下に肉体が本当に存在するのか疑うほど、実在感が透明だったからだ。しかし、仄かな温かさは照美に、マッチの明かりを感じさせた。この少女の中に灯った小さな明かりを消すまいと、両手をかざして風を防ごうと心がけた。
 それだけが、唯一、照美にできることだった。
 ささやかなこの空間の外では、極大の嵐が起きているというのに内では消え入りそうな炎が煤を出しながら消えようとしている。
 照美の目には、それがいまわの際、寸前の呼吸に見えた。それがあまりに痛々しくて、照美は、自然に自分の内から優しい心が流れてくるのを感じた。その微風に気づかないほどに、知らず知らずに優しい顔をしていたのである。それがゆららにいい影響を与えないはずはなかった。
 しかし、同時に罪悪感をも与えていたのである。自分が他人に迷惑をかけているのではないかという感覚。それは、少女がこの世に生を受けて以来、慢性的に思ってきたことである。

 はるかは、苛立っていた。照美たちが試合を見ていないことに腹を立てたのである。
―――あの二人!! いったい、何をしているのよ!
しかしながら、大型の台風を相手にしているときに、注意を反らすことは致命的なミスを犯す伏線となる。西沢あゆみと剣を交えるとは、はるかにとってそういうことなのだ。
「う?!」
 あゆみがラケットにボールを当てようとした、次の瞬間、それははるかの目の前に存在していた。それだけではない。それは、バスケットボールほどの大きさに膨らんでいた。
「ひ!?」
 表現するのも哀れな声を上げて、はるかは地面に転がっていた。ボールは、ふいに避けようとしたために、中空に棒立ちになったラケットの先に当たって、あさっての方向に消え去った。そして、はるかは、ボールの衝撃というよりは、自分自身が起こした運動を制御できずに転んだのである。
「ウウ・ウ・ウ・・!!」
 立ち上がってもまだ腕がビリビリと言っている。まだ帯電しているようだ。それほどまでにあゆみが放ったボールはその衝撃を保っていたのである。
「はるか、何をやってる!? なんてブザマな姿だ。ボールにぶつかっていくならともかく、避けようとして転ぶなんて、見ていられん!!」
 尺骨と橈骨 身の間に帯電する痛みよりもさらに強烈な声が、はるかを襲う。
――――あいつ、何をしてるんだ?
 すぐに照美のいやらしい笑いが聞こえてくると思ったはるかは、拍子抜けしてそちらに視線を向けた。あゆみの叱責よりもそちらが気がかりだったのだ。
照美はゆららを抱き締めていた。
 その姿は母と娘を彷彿とさせる。何やら温かい雰囲気を醸し出していた。あゆみもその影響を受けたのか、はるかを叱責することを止めて、夕日を見つめるように二人の様を見つめ続けていた。

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新釈『氷点 2009』1
 青年がエンジンを踏むと、黒塗りの国産車はうなり声を上げた。それは生命の呼吸を思わせる。
 背後で扉が締まると意志の強さを感じさせる女の声が聞こえる。
「谷崎君、啓三のところね」
「え? もしかして、辻口 ――――さんとお知り合いなんてすか?」
 突然のことなので、敬称をつけることを忘れるぐらいだった。国選弁護人としてこの事件に係わろうとしていた矢先のことだ。そのために秘書兼、運転手である谷崎は、ある程度の情報を得ていたのである。
「啓三と彼の奥さんとは、幼馴染みよ」
「ということは、親友の娘を殺した犯人を弁護しようとしていたんですか?」
 悪魔の笑みを浮かべて口を開く。

「ベンゴを不必要にさぼって、死刑になるように細工をするとでも行っておけば納得すると思ったのよ」
――――怖ろしい人だ。
 谷崎は今更ながらに思った。いったい、何を考えているのかわからない。辣腕弁護士であることは痛いほどにわかっているが、その信条がどのベクトルに進んでいるのかわからない。そもそも彼女を動かす信念などと言うものは、存在しないのかも知れない。
 
 車は、しなやかに地下車庫から吐き出されていく。そのエンジン音はほぼ無音で、これが一般サラリーマンの年収ではとうてい購入できない代物であることを想像させる。
 しかし、外見では、それが高級車であることは伺えない。財前春実はそういうことを露出することを好まない。だから、谷崎に言って、それらの条件を満足させるような車を用意させたのである。
 春実は25歳。この若さでひとつの弁護士事務所をかまえている。父親が元弁護士でありそれを受け継いだということもあるが、それだけは、事務所を発展させることはおろか、維持することすら難しいだろう。
 それどころか、春実は、新進気鋭の弁護士として法曹界に飛び込んだ彼女は、まさに紳士の外見を纏った獣どもが獲物にヨダレを流すこの世界へと切り込んでいる最中である。
 父親の人脈がものを言ったこともたしかに真実だった。

「お父様は、あの若さで引退なさったそうですな、お嬢様はその若さで城持ちとは。財前さんにはお世話になりましたから、ごひいきにさせてもらいますよ」
 口では、白くなった髭をむやみに動かしていた老人たちだったが、その実、「小娘め」と完全に見くびっていることはあきらかだった。。彼の視線は、娘を通り過ぎて彼女の父親である元重鎮に注がれていたのである。
 しかし、彼女はただの小娘ではなかった。
 新進政治家の政治資金流用疑惑を見事解決したのである。それは彼女の華やかなデビュー作だったが、クライアントは春実と同じような立場だった。
 すなわち、父親の地盤と看板を承け付いて、見事というか当たり前のように議員の席を得たのである。
 ところが、それが初っぱなから躓いてしまった。政治資金流用の疑惑を掛けられたのである。当然のように離党、離職の憂き目にあった。当然のように起訴にまで至ってしまった。
 父親や支持基盤から見捨てられそうになった彼に、手を差し伸べたのは春実だった。
 彼女は自分の、というか元父親のものだった、人脈を利用して、事態を丸め込んだあげく、見事、無罪を勝ち取ることに成功した。言うまでもなく灰色の解決であり、見る人にはその内実が明かだったが、むしろ、それだけに法曹界における彼女の地位を保証したのである。そればかりか、政界の歓心をも得ることになった。
 たがが、20代そこそこの弁護士が、である。
 この時、北の大地、九州にあってたしかな第一歩を踏み出したのだった。いささか、灰色の翼を隠し持っての ―――ことではあるが。

 黒い車は、白亜の城に接近しようとしていた。
 街の中心に位置する辻口医院は長崎一円の中心的な医療を担っている。季節が季節ならば流氷が見える高台に、その建物が建っている。
 地方都市のために、他に高い建築物を見つけることが難しい。そのために見方によると長崎城にも見えないこともない。町民は半ば、尊敬、半ば、囃し立てる意味で、歴代病院長を『長崎城主』と呼んできた。
 現在の院長は、辻口建造がその身分を担っているが、病気のために息子に継がせる日も遠くないとみんなが噂している。病院関係者だけでなく、町の人たちにとってみても公然の秘密である。 
 その息子というのは啓三と言って、まだ27歳の若さだが、九大では、未来を嘱望され、教授連中がなんとしても大学に残そうと運動したが、昨年、故郷に帰還した。目下の噂では、結婚してまもない奥さんのことが心配だとか。しかし、彼女じしんのことよりも彼女の不貞が心配だったらしいとの噂も立っている。
 妻である辻口夏枝は大変な才媛ということで有名である。

「でも、アポしなくていいですか、先生」
 谷崎は病院の駐車場に車を入れながら言った。
「私と啓三の仲よ」
「でも手術してるかもしれませんよ」
「手術室に闖入してやるわ」
「せ、先生・・・・・」
 ―――血迷ったりすればそのぐらいのことをやりかねない。
 頭では、冗談だとわかっていながらも、谷崎はそう危惧する。今まで、さんざん見せつけられた行動力を考えればしぜんな考えだった。それがプラスのベクトルに向けば、効果は倍増だが、一旦マイナスに向けば事態はとんでもないことになる。
――――同時に外科の先生なのだな。
 しかし、同時にそのようにも考えた。
 ヘンに冷静な観察眼を併せ持っている運転手である。
 
 車のキーを捻るときには、もうずかすかと玄関を潜るところだった。まるで自分の病院のような勢いである。
「せ、先生!」
 まるで荒ぶる神を修める神官のような心持ちで、雇い主の後を追う。
 エレベーターに到着したときには、谷崎はふらふらになっていた。ハンケチで額の汗を拭う。
「運動不足ね、男のくせに ――――」
 すこし走っただけで息も絶え絶えになっている部下に文句のひとつでもぶつけようとしたところで、エレベーターのドアが開いた。
 中から出てきたのは、杖を携えた老人である。春実は親しげに声をかけた、

「ああ、びっこ先生」
「え? 春実ちゃんじゃないか。何処か悪いのかね? 君が?」
 まるで可愛い孫を見るような目つきである。それをうける春実はまさに孫に見える。
 このような春実の一面を、谷崎は始めて見せられた。感慨もひとしおである。
 まるで杖が頼られているのではなくて、杖に老人が付属しているようにすら見える。
「啓三君に用があるのよ」
 街の尊敬を一身に集めているこの老人に敬語を使わないのを興味深い目で見る。

「ああそうかい、副院長室におるよ」
「わかったわ」
 短く答えるとエレベーターのボタンを押した。
 老人がいなくなったところで、疑問に思ったことを雇い主にぶつけてみる。
「先生とびっこ先生は、ご懇意にされているのですか?」
「啓三たちとはきょうだいみたいにして育ったからね」
 春実は遠い目をした。
 この人にも少女時代があったのだなと当たり前のような感想を漏らした。
「どうしたのよ、不思議かしら? 私にも子供時代はあったんだからね。この大きさじゃ子宮を破っちゃうでしょう?」
―――なんて鋭い!
 谷崎は心臓を剣で貫かれたような気がした。話題を元に戻して逃げることにする。
「びっこ先生って昔からのあだ名なんでしょうか?」
「あれはねえ、若いころからそうだって話よ。なんでも戦傷らしいわ。南方らしいわ。でもそのおかげで帰還できたって哀しげに言っていたわ」
「哀しげに?」
「自分だけが助かったって、いつも陽気な先生が泣いてたっけ。お酒を呑んだときにはね」
 
 浅瀬からいくらばかりか、深い海を臨んだような気がする。自分は、財前春実という人間について何も知らないと思いしらされた。
 しかし、もっと不思議だったのは、殺された孫の話に言及しなかったことだ。それほどまでに深い間柄ならば、いや、他人どうしであっても定番の挨拶ぐらいあってもおかしくはない。
 いや、深い間柄なればこそ、ということもありえるかもしれぬ。

 そんなことを考えているうちに副院長室に到着した。春実は、ノックもせずに部屋に入っていく。

「誰だ!?ノックもせずに ―――うん、春実か?」
 始めてみる次期『領主』は、かなりの美男だと谷崎は思った。ハンサムという言葉から連想される語感ほどに冷たい印象はない。むしろ、美男という古くさい言葉の方が、この男性には等しいと思われた。その証拠に、論文を眺める難しそうな顔からも、仄かな優しさが漂ってくる。
 春実は、それをさらに和らげるように、机の上に腰を掛けた。二人が相当に懇意であることがわかる。
 難しい顔が春実を見つけると一変する。しかし、すこしばかり顔を赤らめると。わざと機嫌の悪さを演出する。

「何のようだ」
「ヤボ用よ、谷崎君、悪いけど席を ―――」
「わかりました」
「おい、悪いだろう、お前の従僕じゃあるまいし ――お茶でも」
「秘書よ」
 春実はまったく悪びれない。
「私はいいですよ」
「よくないって、安斎くん」
「はい」
 入室してきたのは和服が似合いそうな若い女性だった。清楚な仕草が谷崎の嗅覚を刺激する。
 谷崎は、その女性に連れられて隣室へと消えていった。

 彼を見送ると、春実は態度を一変させた。
「啓三、私は、許せないのよ、あの夏枝を!」
 まるで英語のシンタックスを日本文に移し替えたような言い方は、春実のどんな内面を暗示しているのか、啓三は計りかねた。
「今、思いだしても腹が立つ!」
 夏枝主催のパーティで発見してしまったのだ、こともあろうに、彼女と学校を出たばかりの若い医師が逢瀬をしているのを。
 いくら春実を信頼している啓三であっても、彼女からの伝聞だったら俄には信じなかったかもしれない。しかしながら、その現場に彼じしんが居合わせたとしたら。

「なあ、もしもオレがそこにいなかったとしたら、伝えたか」
「当たり前でしょう?」
「・・・・・・・・・・」
 啓三は、すぐには返答しかねた。
「お前が怒っても仕方ないだろう」
「そんなことはないわよ、私は一番の親友に裏切られたのよ、私は!!」
「お前、まさか ―――」
 気が付いたときには、親友の美貌が目の前にあった。こんなに間近に見るのは幼少期いらいである。当時は3人で一緒に寝たものだ。夏枝のそそのかしによって、啓三の寝顔にキスしたこともある。
 それから、しばらくそのことで脅迫されつづけたものだ。
 後で、建造にばれて、こっぴどく叱られたものだった。悪の計画は潰えたというわけである。
 思えば、あの老人が怒った姿を見たのはその場面が最後だった。
 しかし、今の春実にはそのようなノスタルジーに満ちた子供時代などは、思い返す気にもならない。
 
 愛おしい人に唇を重ねようとして、身体を寄せたが、意を決したように背中を彼に向けた。
「・・・・・・・・・・」
啓三はその続きを音声にすることができなかった。何よりも、彼女のプライドを護ろうとしたのである。 もう過去は戻らない。
「啓三、何も言わずに私の計画にうんと言ってちょうだい」
「計画? 何のための!?」
「夏枝に復讐するためよ!!」
「・・・・・・・・!?」
「これを見てちょうだい、国選弁護人として、私は選出されたの」
「君が、国選かい?え?!」
 啓三は、心底驚いた。胃の底が抜けるかと思った。それな何あろう、左石陽蔵の弁護依頼の書類だったのである。
「お前、これを承けるつもりだったのか?」
「まさか」
 春実は息をついて、再び口を開いた。
「下の書類を見て」
「何? あいつに娘がいたのか、三歳?」
「そこの愛児院にいるわ。その名前に憶えはない? それで、私は弁護士なのよね」
 
 二つの文章はまるで関連性がないと思われた。しかし、啓三と春実の身分を知っている人間ならばその隠された意味を推測できるはずである。
「夏枝は、娘が欲しいって泣き叫んでいたわね。もう自分は子供が産めないからって、もうひとり娘が欲しいって ――――忘れないでね、私は弁護士なのよ」
 春実は、悪魔的な微笑を浮かべた。この時、彼女は、これから自分が行うはかりごとによって、どれほどの重荷を背負うのか、激しい憎しみのために未来を想像すらできない状況に陥っていた、この人並み外れて知的な女性が。







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