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主人公はu15の少女たち。 主な内容はいじめ文学。このサイトはアダルトコンテンツを含みます。18歳以下はただちに退去してください。
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『由加里 80』

「え? それ、ほんとうなの?あの子ってまだ中学生でしょう?」
「最近の子は、すごいわね。それともあの子が特別なのかしら? オトコを求めているのかしら?
あんな幼い顔してね。ふふふ」
 聞きたくない言葉は、概して、耳に入ってくるものだ。世界広しと言えど、それは、古今東西において、変わらない定理にちがいない。

 今、ちょうど午前8時、由加里は、病室にて気乗りでない箸を手に取ったところだった。非常に疲労しているのに、何故か食欲がない。ほぼ義務感から食物を口に運ぼうとしていたのだ。そんな少女の涙ぐましい努力をふいにするような会話だった。
  それは病室の外から聞こえてきた。
 二人の看護婦が廊下を足早に移動する際の会話である。一方には由加里に憶えがある。
 今朝、由加里の下の世話を起こった看護婦である。まだ学校を卒業して間もないらしく、少女とそれほど年齢の差があるわけではない。そのために入院当初は、楽しげに語りかけたりしてくれて、少女のすさんだ心を研ぎほぐすよう努力していたものだ。
 由加里も、やがて彼女に心を許すようになった。
 しかし、年齢が近いからこそ、下の世話や身体を清拭される行為は、耐え難い恥辱をもたらすようになっていた。可南子による陵辱を受けた次の朝など、まだ、いやらしい汚れが残っているし、それを由加里自身の手で、取り除くのはほぼ不可能である。
 
 そのように汚れた身体を清拭されるのは、まだ、中学生の少女にとっては殺されるのに等しい恥辱といっていい。
 当然のことながら、同性であり、看護婦もである彼女たちに、その汚れの意味がわからないはずがない。
 だんだん、それを知るようになると最初は「仕方ないわねえ」と軽く微笑を浮かべる程度ですんでいたが、それが度重なると、やがて、由加里に対する態度を効果させるようになった。
 やがて、それは看護婦たちのうわさ話に登るようになった。ある看護婦などは、わざとい少女の耳に入るように由加里に耳打ちするようになった。
「カレでも呼んでいるの? よかったら紹介してよ。でも、ここではそっちの方は勘弁してね。他の患者さんもいるんだから。となりの患者さんがうるさくてね、ふふ」

 ちなみに、由加里は一人部屋に入っている。それは、親の社会的地位を反映しているのだろうが、同時に可南子による容赦ない性的な虐待を招いているのだから、幸か不幸か、微妙なところだ。
 確かに、他の入院患者によるいじめから解放されているということはできるだろう。看護婦たちの噂は、そちらの方まで波及することは少女の想像の範囲内だった。
 だが、つい二日前のことだが、怖ろしいことにであった。
 その日は、少女のリハビリが始まった日だったが、他の入院患者たちのうわさ話を耳にしたのである。
 それは20代と思われる若い女性たちだったが、看護婦たちのそれと同様のものだった。

「あれよ、あれよ、あの大人しそうな子、毎夜、耽ってるって?」
「看護婦さんの話だと、彼を呼び込んでいるってさ ――」
 由加里は、その場にへたり込んでしまいそうになった。介護士に身体を抱かれて、やっと、身を保っていたぐらいだ。規模が大きい箇所から、そうでない箇所まで、骨折が全身の至る所に及んでいるのだから、全身に、針を差し込まれているような気がする。その針が絶対零度に冷えたような気分を味わった。
 涙が顎まで伝う。どうして、こんな辱めを受けねばならないのか、全く理解できなかった。
今朝、その看護婦は、汚らしいものを扱うように、由加里の身体を清拭し、下の世話をしていた。その時間は、少女にとってまさに地獄だった。
 その地獄の時間を引き延ばすのが、看護婦のうわさ話なのである。
 まったく異常がないはずの右腕は、極寒の大地に野ざらしにされたように、震えてまともに動かない。箸は箸の役割を果たせず、お椀に残った汁の中で虚しく放棄された筏のように停滞している。

―――あの子の躰から、とてもいやらしい臭いがするんだよ、きっと、一晩中やっているのよ。おさかんよね。
――――まったく、あの歳でね。中学生でしょう? まだ? 
――――私なんて、あの子のアソコ、清拭したんですよ。手が腐るかと思いましたよ。
じっさいに、そのようなうわさ話を聞いたわけでもないのに、あたかもされているように思える。声が聞こえるのだ。
 教室や部室がそのまま病院に遷されたのではないか。
 そう思わせるような光景が、白い巨大迷路に現出していた。
 この先、何処に行こうとも自分はいじめられ続けるのではないか。終身刑を宣告され、牢獄の門を潜った囚人のように、消毒液のにおいが立ちこめる異界にて、たら、ひたすら唖然としていた。
 もう、二度とこの骨はつながらないのではないか。確かに、経過は良好だと医師は太鼓判を押しているが。それは嘘ではないか。あるいは誤ったデーターを医師に提供したのではないか。可南子ならば、その位のことを平然とした顔でやりかねない。
 
 自宅が非常に懐かしく感じられた。1000年も前に外国の皇帝から寵愛を受けて、ついに帰国できなかった邦人ではないが、家族がいる家があまりに遠地にあるように思えた。彼の地の方でも、自分をもはや必要ないのではないか。そういう不用な危惧が雨後のタケノコのように背丈を争っている。
 そんな不安を一時的にでも忘れさせてくれたのは、聞き慣れた看護婦の残酷な言葉だった。
「あら、ぜんぜん、食べてないじゃない。ちゃんと食べないと骨がつながらないわよ、由加里ちゃん」
「ひ?!」
 再び、箸に手をつけようとした由加里は、心底、肝を冷やした。
 なんと、あの可南子が仁王のように屹立していたのだ。足を広げ両手を腰にかけ、背筋を伸ばしたその姿は看護婦というよりも、コスプレをした女子プロレスラーのように見えた。こんな所にいるよりも、リングに立って観衆の喝采を浴びていた方が彼女にはお似合いなのではないか。
 自分には予知能力があるのではないか。本気でそう思ったほどだ。
  しゃちほこ張って、震えている由加里に情け容赦なく可南子は耳打ちした。
「食べ残したら、アソコに突っ込むわよ! ふふふ」
「・・・・・・・・・・・!?」
 可南子の囁きは、冗談めかした上でのことだったが、由加里の耳にはとうていそのように聞こえなかった。
 顔は見えなかったが、その悪魔的な笑いは目に見えるように思えた。プラスティックが腐ったような口臭は、それを補強する。
 咳き込みながらも、由加里は、残りを小さな口に駈け込んだのだった。ただでさえ、味が薄い病院食がさらに味けなく感じる。いや、味がないだけなら我慢も出来るが、ゴムを咬んでいるような気がする。
 今、歯に食い込んでいるこんにゃくなどは、まさにその代表選手である。
もぎゅもぎゅと食物を噛んで呑みこむのは、食事というよりも一連の作業と言った方が適当だった。もしも、それを一秒でも怠ったら、局所に残らず挿入されるような気がしたのだ。
 もはや、人間が楽しいと感じる食事という行為は、微塵も存在しない。ただ、原始的で本能的な栄養摂取という特徴だけが際だっているだけだ。
 あまりにも同情すべき状況に陥っているにもかかわらず、可南子は責めを休めたりしない。それは、いつものように心身両面に渡って繰り広げられる。

「ほら、ほら、赤ちゃんみたいに、こぼしちゃって、あら、あら。お弁当つけてドコ行くの!?」
 少女の口の端にこびり付いたご飯粒を摘むと、それを、彼女の股間にしのばせた。
「ぁぁぁうぅう・・・・・ぃいやぁ・・・ア・ア・・ア・アアぁぁ」
「ふふ、食事中まで、こんなに性器を濡らしちゃって、ほんとうにおませな赤ちゃんね。残したら、こうするって言ったでしょう? 聞いてなかったとは言わせないわよ」
 可南子は、少女の背中に回り込むと、背後から秘所を責め続ける。
「ぁぐ・・・ああぐぐ・・・・ハア・・・・ハハハア」
「何しているのよ、ちゃんと食べなさい、由加里赤チャン!」
 可南子の吐息がうなじにかかって、とても気持ち悪い。まるで、生ごみ焼却所が発する熱と悪臭に等しい。
 加えて、自分の性器から響く、くちゅくちゅという音は、否が応でも少女の羞恥心に火をつける。きっと、首の後ろまで真っ赤になっているにちがいない。まるで、自分の醜い顔を鏡で見せられているようだ。
 内臓を直に触れられるような感覚。それは、プライバシー侵犯の極致とでも言うべき状態であろう。
 可南子は今の今まで弄んでいた性器から指を抜いて、少女の眼前に突きつける。まるで、水飴のように透明な液体が糸を引いている。それをねちぇちゃとやりながら、少女の整った知性のあふれる顔に塗り付ける。
 しかも、それだけではない。可南子の口の方も健在だ。クラスのいじめっ子たちのように、頭は人並み以下にもかかわらず、人を傷付けるためにはどんな努力も工夫も怠らない。
「ふふ、若い子たちが、そうとう、嫌がっていたわよ、由加里ちゃんはとても臭くって汚いって、特にココがね」
「ウウ・ウ・ウウ・・ウウ・ウ・・・・ううう?!」
 まるで、頬にカタツムリやナメクジの類が這っているようだ。しかしながら、それは自分が分泌したものなのである。その事実が、少女を自己嫌悪と羞恥の地獄に叩き落とす。

「ふふ、今朝はここまでにしておこうか、お楽しみは後にして、シゴトをがんばらないと・・じゃあね、愛しているわよ、由加里赤チャン、ふふ」
 看護婦は、主人が奴隷の刻印を確認するように、少女の首筋にキスすると、パタパタを廊下に戻っていった。
「ウウ・ウ・・・ウウウ・・・・うう?!」
 少女は、あふれる涙で目の辺りを真っ赤に腫らしながら、かたつむりの分泌液で汚れた股間を替えのタオルで拭った。後で、担当の看護婦にさんざん嫌みを言われることは考えていない。刹那的に思われるかもしれないが、今、現在、少女が苛まれている不快感から解放されなければならなかった。彼女を支配している衛生観念がそれを強要したのである。
 衛生観念? もっと適当な訳語はないだろうか。
 少女は、全身の肌を剥いてしまいたくなるくらいの絶望と焦燥感に囚われながらも、こんなことを考えていたのである。
 由加里は、奇妙なことに自分を達観する技術に長けていた。思えば、生まれながらの作家だったのかもしれない。おそらく、それを助長したのが、鋳崎はるかだったのだろう。後者がトリガーで、前者自身の能力が弾丸なのか。それを追求し始めたら、卵が先か鶏が先かという命題に係わることになる。
 しかし、現実は、少女にそんな哲学的な思考にうつつを抜かしている余裕を与えなかった。彼女の 携帯にメールが入ったのである。
――――面会時間が始まったらスグに、行くからね。
 送り主は鋳崎はるかである。
「・・・・・・・・・・」
 頭蓋骨から仙骨にかけて、おぞましい冷気が通り過ぎる。いや、脊髄そのものが絶対零度に凍りついたように思える。全身を恐怖が覆い尽くしたなどという、陳腐な表現はこのさい適当ではない。身体の根っこから、もっと敷延すれば、躰そのものが恐怖に成り代わってしまったと表現した方が適当だろう。
 さいきんでは、照美よりもはるかにより恐怖を感じるようになっている。言葉によるいじめは両者とも顕著だが、どちらかというと実行行為に重きを置く照美にたいして、はるかは、由加里がいやがる性的な著作を強制することによって ――、彼女の心を肉食獣が草食獣をむさぼり食うように、残酷な牙を食い込ませてくる。
 消灯時間が来ても、少女は、こっそりとノートパソコンを開く。泣きながら、自分がやりたくもない執筆行為に耽っているとき、身も心もはるかに消化されていくような気がする。今、彼女の胃の中で溶かされているんだな ――と思う。
 そして、今、ほんとうに胃酸を頭からかけられ、溶かされるときが訪れようとしている。昆虫類の中には、胃液をエモノに吐きかけ消化しやすいように溶かしてから、食べるものがいるという。これから、少女に起きようとしていることは、それに類似しているかもしれない。
 面会時間は、昼食後ということになっているが、とても栄養補給に内臓を働かせるような精神状態にならなかった。ただし、日勤を終えた可南子が、囁いた脅迫の文々が脳裏に刻み込まれていた。

―――――もしも、食べなかったら、アソコにぶちこむわよ。
 まさに、補給を完全に絶たれた軍隊に勝利を期待するようなものだった。
恐怖はときに、人を能力以上の仕事を可能にさせるようである。ぜいせいと喘息患者のような息をしながら、やっとのことで完食した。

 
  しかし、次の瞬間には、ある意味では可南子よりもさらに悪辣な存在を迎えることになるのである。
 はたして、少女の目の前には、照美とはるかがにこやかに笑っていた。いつになく、優しそうな様子が、よりいっそうの恐怖を憶えた。
 照美が、先に前に出た。
「元気そうね、西宮」
「はい・・・・こ、この度は、み、みっともない、ゴミクズ以下の、そ、存在である、に、にし、西宮、ゆか、由加里を、お、お見舞いしていらしゃって、あ、ありが、ありがとうございます・・・・・・」
木枯らしが吹くような声で、由加里はいつもの挨拶を終える。
――――また、始まってしまうんだわ。
 ほぼ諦念にも似た感情が、蜂の巣のようになった少女の心に染み渡っていく。携帯やノートパソコンを介して、常に、二人に支配されている由加里である。それが直接だろうが、間接だろうが、どれほどの差異があろうが。もう、どうにでもなれという心持ちだった。
しかしながら、今回の二人の態度はいつもと違っていた。
「何言っているのよ、西宮さん ――」
何故か、敬称をつけらえた由加里は、戸惑った。しかし、これからさらに少女の目を丸くさせるような出来事に直面することになるのである。
「え?!」
「私たち、おトモダチでしょう? いや、おトモダチになるのよ」
 なんと、照美の手が由加里の肩に回ったのである。そして、お肌の触れあいを始めた。照美の整いすぎた顔が近づく。
 何という冷たさだろう。可南子のような悪臭とは無縁であるものの、かえって、花のような芳しい匂いが嗅覚神経に広がるが、その背後に絶対零度の身体が控えていたのである。照美の演技が見え透いていることは、明白だった。もっと、怖ろしかったのは、彼女の演技が下手なのではなくて、わざとそう見せていることだった。
 はるかが照美よりも、おそろしいなどと思ったのは、大変なマチガイだとこの時ばかりは、実感させられた。
 電流のごとく見えない衝撃。
 それは殺意すら上回る敵意と言ってよい。

「私たち、いいお友達になれると思うのよ ――――」
「・・・・・・・・・・・・・」
 いったい、照美が何言っているのか、まったく理解できなかった。当然のことだろう、いままで、さんざん由加里を責めさいなんできた本人が「友だちになりたい」などと告白している。
 ある意味、少女の人生を奪った本人が、握手を求めてきたのである。それも、簡単に嘘とわかる様子で。 
 自分をからかっているのだろうか。由加里は、さんざん虐待された子猫のように、はるかを見上げた。背後からは、照美がそのピアニストみたいにたおやかな手首をまわして、ちょうど鎖骨の窪み辺りで両手を会わしている。
 端から見ると、仲の良い3人姉妹にしか見えないであろう。
 しかし、その実、3人は、いじめっこたちと、いじめられっ子という支配、被支配の関係にある。
 前者が、にこやかに笑みを浮かべ、後者が死刑を宣告された犯罪者のように萎んでいるのは、通常の学校によく見られた光景である。しかしながら、照美とはるかの立ち位置は通常通りではない。
 本来ならば、前者がいじめを先導し、後者がそれを眺めているという形態を取る。断っておくが両者は主従の関係ではない。あくまで対等である。
 ただ、ロックバンドのヴォーカルとギターリストのように、立ち位置が違うということにすぎない。どちらが主犯で、従犯と言えない ――――ということである。

 さて、はるかは、真冬のプールから引き上げられた幼児のように震えつづける由加里に、近づいていく。そして、その華奢な顎をついに捕らえた。
「ひい?!」
 由加里は、苦悶の表情を見せる。
 まだ、何もしていないのにとはるかは、不満そうに笑った。彼女が視線を反らすと、表情を一変させた。
「西宮、いや、西宮さん、いや、これからは由加里ちゃんで呼んで良いかしら? お友達だものね。あれ?信じられないっていうの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 はるかは、由加里に無視されたと受け取った。
「由加里ちゃん!?」
「グエ?」
 喉元に指をめり込ませる。黙りこくってしまった由加里を威圧させんと眼光を光らせた。
 しかし、少女はいっさい言葉を発そうとしない。無視しているわけではない。あまりに怖くて、何も言えないのである。もちろん、それがわからないはるかではない。ただ、それを知った上で怯えている  被害者を見て、サディスティックな喜びに、身体を浸しているのである。
「由加里ちゃんは、友だちが欲しくないのかな?」
武人のように引き締まった顔をさらに硬化させる。こういう彼女の顔を見たところで、ほとんどの人間は、彼女に抵抗しようという気を半ば失ってしまう。クラスの男子なぞは、その良い例証というべきだろう。
 ここで、照美が助け船をだした。いや、はたして、そう言えるのだろうか? はなはだ、疑問ではある。
「はるか、由加里ちゃんが話を出来ないでしょう? そんなにしたら可哀想。ほんとうは、喜びで打ち震えているのよね。何たって、誰も友だちがいない由加里ちゃんにお友達ができようとしているんだからさ。ね、由加里ちゃん?」
「は、ハイ・・・・ウウウウ・・ウ」
 その優しさが偽りなどということは、百も承知だ。しかし、そうであっても、暴君のようなはるかの仕打ちに比べると、聖母マリアの輝きのように思えるのである。
 溺れる者は藁をも摑むとはよく言ったものだ。
 この場合の照美は、藁ですらないかもしれない。

「ねえ、由加里ちゃん、これから、あなたが会いたくってたまらない人がふたり来るわ」
「ェ?」
 由加里は豆鉄砲でも喰らったような顔をした。
 はるかは意外そうな顔をして尋ねた。
「あら、連絡は取ってないの?」
「え? もしかして、ミチルちゃん? あぐう!? 痛い!?ィィィ・・・ううウ1」
 夥しい涙が宙を舞う。その涙の一滴一滴には、病院の残酷な白が印刷されている。由加里の乳白色の鎖骨に食い込んだのだ。
「おい、照美ったら、今、大親友になったばかりじゃないか」
「ぁあ、そうだったわね、だいしんゆうね!」

―――いつのまに、大親友になったのだろう。
 こんな時になっても、由加里は作家の視点を失っていない。常に、冷静な視線を保っているということは、見ようによっては残酷なことなのである。
 照美は、ミチルと由加里が親しくするのを喜ばない。彼女のことを妹のように思っていることはよく伝わってくる。そして、ミチルもそう思っている。いや、彼女だけではない。はるかのこともそう見なしているようだ。
―――照美お姉ちゃん。
――――はるかお姉ちゃん。
 ミチルはそう呼んでいた。敬語を使っていなかったことは、その深い親しさの証左だと言えた。
「・・・・・・」
 その狭間に座らされて自分は、どのように振る舞ったらいいのだろう。どうやら照美とはるかは、それを望んでいるようだが、戸惑うばかりである。
「フフ」
 思わずほくそ笑むはるか。
 実は、このアスリートの卵はすべてを悟っているのである。ミチルがこれからこの病室を訪問することを予め報せなかったのか。
 はるかは、こう頼んだのである。
「西宮さんを驚かせてあげようよ ―――」
 ミチルと高子はそれに同意した。
 照美もそれを知っている。怖ろしいくらいの美貌を歪めると背後から口を開いた。
「あなたに一芝居打って欲しいの。え?何、その意外そうなカオ? まさか、お友達て本気にしたんじゃないでしょうね? あなたは私の奴隷でおもちゃにすぎないのよ、わかっているでしょうねえ?!」
「ウウ・・ウ・ウ・ウ・ウ・・・・・・ハイ」
 考えるまでもない。それは当然のことだった。しかし ――――。
 しかし ―――――。
 
 ぼろぼろになった由加里の心は、無意識のうちにそれが真実だと思ったのだ。いや。思いたかったのである。
 照美はさらに、真舌を滑らかに回転させ始めた。



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『新釈 氷点2009 4』
「そうだ。学校戻らなきゃ ――――」
「陽子ちゃん!?」
 まるで他人事のように言う陽子。夏枝と春実から見るとあまりに現実感が欠けているように見える。 いわゆる素人芝居にありがちなぎこちない動きと台詞回しである。
「音楽の授業で合奏をやるのよ、それにはねえ、陽子はヴァイオリンの担当になったのよ、それなのに ――――」
「陽子!」
 夏枝の耳には、合奏が合葬に聞こえた。それは春実も同じ思いだった。
「陽子ちゃん・・・・・・」
 改めて見ると、己の罪が服を着て歩いている。しかし、どうしてこんな愛らしい罪があったものだと、変なところで感心させられる。
―――――自分たら、この非常時に!!

 どんな過酷な状況下においても密かに冷静という名前の花を咲かせる春実である。何か言わねばならない。
 陽子は、今の今まで見せていた動揺をあさっての世界に投げ捨てて、普段の自分を演じている。しかし、その演技はあまりに見え透いていて、ところどころにほころびが見いだせる。
 すこしでも突っつけば、風船のように萎んでしまいそうだ。いや、単なる空気が入った風船なら大惨事になることはないが、水素100パーセントの上に失火となれば、もはや改めて描写する必要はないだろう。
 大惨事である ――――それでもあえて言えというならば。
 陽子は、このまま外出すれば、赤信号でも直進していまいそうに思えた。愛するわが子が凶暴な唸りを上げる車に飛ばされる。そんな残酷な映像が目の前に現出する。
「お、お願いだから、ここにいてちょうだい!! 陽子!!」
 我が手を娘の制服に食い込ませて、懇願した。身体はまだランドセルを背負っていたころと変わらないために、余った衣服が夏枝の手を翻弄する。
――――この子は、まだこんなに小さいんだ! ルリ子とそう変わらない。
 その観測は完全に誤っていたが、かえって、夏枝の陽子に対するあふれんばかりの愛情を暗示している。

 春実は、陽子を押さえながら、思わず泣きたくなった。感情の起伏に乏しい陶器のような美貌にうっすらとこの時ばかりは感情を表す。
「陽子ちゃん、あのね ――」
 完全に気が動転してしまった夏枝の代わりに、春実が説得に出ようとしたとき、けたたましいチャイムが鳴った。いや、長崎城主の豪邸だけに、その音はごく上品だ。しかしながらら、この時ばかりは  カケスのわめき声に聞こえた。
 カケスとはその鳴き声が激しいことから、かまびすしい人間を暗示する比喩によく使われる。
 二人にとって、まさに呼び出し音はそれにしか聞こえなかったのである。
 ところが、次に聞こえた声は耳に親しみすぎていた。

「陽子ちゃん、どうしたの? みんな待ってるんだよ!」
「え? 永和子!?」
 春実は目を丸くした。思いも掛けない人物が来訪したからだ。言うまでもなく、彼女の長女である財前永和子、陽子とは長馴染みの親友である。いわゆる竹馬の友というやつである。
「永和ちゃん!?」
 陽子の視線はまだ虚空を彷徨ったままだ。まるで目が見えないかのように見える。
 空気を切り裂くような声は、玄関からかなり距離があるはずのこのリビングに直で響いてくる。
「あの子ったら ―――」
 春実は頭を抱えた。親友の冷静を失った顔を見物するには、あまりに状況が危機に瀕している。

「永和ちゃんに入って貰いましょう ―――」
「おい、夏枝!」
「永和ちゃん、今行くよ!!」
 そう、朗らかに宣言すると、夏枝と春実の押さえをすり抜けて玄関へと走り去ろうとした。
「あ、そうだ、ヴァイオリン忘れちゃった ――――ちょっと、待ってね」
 陽子は、螺旋階段を回転しながら上昇していく。
「ああ、あの子どうしたのかしら?」
「あまりにショックな体験のために、一時的な記憶喪失になったのかしら」
 春実の声は、全く興味もない科目の教科書を音読しているかのように抑揚がない。
「お春ちゃん、あなたは何時精神科医になったのよ」
「田丸礼子っていう精神科医と知り合いになったのよ、彼女が教えてくれたの。こんな仕事をしているとね ―――」

 二人の精神も尋常ではないようだ。どうやら、非常事態に陥るとおしゃべりに興ずる。そのことで、理性を保とうとするのは、古今東西変わらない女性という生き物の性質だろうか。
 春実は尋常でない精神を振り切るように玄関に向けて叫んだ。
「永和子、入ってきなさい!」
「え?ママ?!」
 けたたましい足音を立てて入ってきた永和子の顔には、意外という文字が顔に書いてあった。
「永和子!」
「え? ママ!??」
 見たこともない母親の顔に、驚く暇もなく身体を引き寄せられる。次の瞬間、耳を喰われるかと思った。
少女の耳に食い込んできたのは、母親の歯ではなく言葉だった。しかし、その言葉は、気を失うほどに衝撃的な内容を含んでいたのである。
「ママ、それ、本当!?」
「嘘で、こんなこと言えるわけないでしょう!? とにかく陽子を外に出すわけにはいかないの、今の あの子を外に出したら、トラックに飛び込みかねないわ」
―――お春ちゃん。
 きょとんとした顔で、親友を見つめ続けながらも内面においては怪訝な思いを否定できずにいた。
―――この子の陽子の対する気持は、何なのだろう?
 確かに、親友の娘という設定をはるかに超えている、春実の陽子に対する熱い視線は。それは不思議な愛情に満ちている。実の娘に対する情愛とは違う別のエキスが混入しているようだ。しかし、今は、そんなことを忖度していられない。

「永和子ちゃん、先生に電話して、陽子が具合悪くなったって伝えてね」
アールデコの受話器を指さす。自分なら、彼女を呼び捨てにはできない。それは、可愛いとは思うが。
 気が付くと陽子がヴァイオリンを持って立ち尽くしていた。
「私、全然、具合悪くないよ ――」
「陽子ちゃん・・・・・」
 強いて冷静を保っているのがわかる。それこそ号泣しながらソファーを破って、中の羽毛を部屋中に飛び散らせたいだろうに。
 少女は、舌に黒鳥の舞を強制した。

「私を騙していたのね、永和ちゃんも知ってたんだ。それに町の人たちも」
「ええん、知らないよ、今、知ったんだよ」
 教師との話は済んだのに受話器を持ったままの永和子は、慌てて弁解する。母親そっくりの瓜実顔の、上品な容姿だがその内面は、母親とは一線を画すようだ。危機を目の前にして、とうてい、冷静を保っていることができない。
 どうやら、みんなに騙されていたことが我慢できなかったようだ。すると、そのことを彼女は悟っていたことになる。
「みんな・・・・・・・・それに、ルリ子さん、いや、お姉さんが可哀想・・・」
―――こんな時にルリ子のことを考えるなんて、貴女はほんとうに、私の娘よ!あの子のことをあからさまにしたら、ほんとうの母娘でないことまでが、明かになっちゃうと思うと!だから言えなかったの!
 夏枝は言いたくても言えないことをわかりやすい方法に変換した。
 それは ―――。
 それは、―――。
 涙である、いわゆるひとつの。
 光るものを母親の双眸に見いだした陽子は、凍りついた。しかし、それはショートしかかった少女の心を冷やす役割を担うことになった。
 この時、陽子は悟ったのである。

 春実が言わんとしたことのほんとうの意味のことである。18歳になるまで知ってはいけない。その中身自体のことではない。
 どういう理由が内包しているのか、わからないが、真実という黄身が詰まっている卵の殻を傷付けてはいけないらしい。もしも、そんなことをしたら、自分はおろか、自分のことを思ってくれている沢山の人々を傷付けるかもしれない。
 根が素直な少女はそう理解した。
 我を通すことを止めたのである。しかし、知ってしまった以上は、本来なら自分の姉がもうひとりいたということを否定することはできなかった。何としても墓参りをしたい。
 それにしても、我が家に彼女が存在したという足跡がないということは、何ていう不自然さだろうか。仏壇はおろか、 写真の一枚もないのだ。それほどまでに自分に隠しておきたかったのだろうか。その理由は何か。

―――――もしかしたら、自分に聞かせたくないくらいに残酷な方法で殺されたのだろうか。それにしても、それを自分に報せないほどの方法って?
 ソファに座らされ、改めて煎れられた紅茶をすすりながら思った。目の前にはレモンケーキが切り分けられ、甘酸っぱい匂いが漂ってくる。それに母の愛を感じながらも、鋭敏な少女の知性は、正解を求めて迷路の出口を捜していた。
そんな少女の思考を止めたのは春実の声だった。そこに笑顔が出現した。
「陽子ちゃん、食べ物の恨みは根が深いのよ、もしも、あなたたちが来なかったら、おばさんが独占できたのよ ―――」
「えー? おばさん、独占する気だったの?」
 今度は不満そうに柔らかで品の良い頬を膨らませる。むくれた陽子だったが、すっかり、春実に籠絡されたことに気づいていない。やはり、鋭敏な知性を持ち、年齢よりも大人びた陽子とはいえ、ふつうの中学生の、それもランドセルから肩掛け鞄に変わったばかりの、少女にすぎないのだろう。

 しかし、その年齢よりも幼い中学生が側にいた。陽子がしないような大きな口でレモンケーキを頬張っている少女だ。
「こら、永和子! もっと、遠慮して食べなさい! それに何であんたまで食べるのよ!」
 半ば笑いを込めながら、春実は、娘を怒鳴りつけた。
 それが契機になって、リビング中に温かい笑いが充満する。
 この時間が永遠に続けばいいと、陽子は思った。しかし、その心の何処かにおいて、黒くも、鋭敏な知性が蠢き始めていたのである。
 人間とはなんて迂遠な、いや、それだけでなく自虐的なのだろう。心とは時に、自分が傷つくことを望んですることがある。この時の、少女はまさにそうだった。
 しかし、もっと敷延すれば、彼女だけではない。陽子をはじめとする家族がその周辺の人たちまで含めた人間群像を動かす巨大な歯車が運命という動力に導かれて、誰も予期せぬ動きを見せ始めていたのである。ほぼ、全員がそれに絡め取られてしまうのだが、今のところ、それに気づく者はい なかった。
 あくまで、不安に持っている人物は、約一名ほど、いたが。
 もしかしたら、2名だったかもしれない。陽子の出生の秘密を知っている者は、誰と誰だろう?



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『マザーエルザの物語・終章 30』
 ふいに、あおいは、寝返りを打った。啓子はそれに喜びの感情を素直に表すべきだったのかもしれない。しかし、少女の心にはそれと全く違う感覚が芽吹き始めていたのである。どんなにふっくらとした容姿を持つ人間でも、顔に鋭角を備える場所がある。
 一般に細面が美人の条件だと言われるが、たいてい、そのような人間は、その鋭角が鋭い。あおいもその例外ではない。首にブイの字を造る胸鎖乳突筋から顔につながるところ。即ち、顎である。  その部分から可愛らしい曲線を造る耳たぶに至るラインを見ていると、あるものが目の前にないことが悔やまれた。
 スケッチブック。
 そして、画材。
 後者は、すぐに視線に入った。校医が使うテーブルの上に赤い鉛筆立てが見える。まだ、20代後半だと思われる人間には、珍しく、鉛筆をわざわざナイフで削っているようだ。削り後が目に親しく感じた。最近の彼女が毎日行っていることである。鉛筆の匂いが嗅覚を刺激する。
 描きたい ―――。
 描きたい ―――。
 それは、ほぼ絵描きとして運命づけられた者にとって本能とでも言うべき衝動である。啓子は、親友が置かれた状態も忘れて、それを熱望した。
―――あった。
 机と壁にスケッチブックが挟まっていたのである。それが誰の者かなどという思考は、少女の脳裏に走ることはなかった。ただ、描きたかった。震える手で鉛筆とそれをもぎ取ると、まん中辺りを開いた。
 そして、しかる後に、黒鉛を紙の表面に走らせた。少女の身体が造る柔らかいラインがそこに再現される。まるで、身体を触れているような気分になる

――――デッサンは、目とともに手を使うんだ。触れるような気持でやりなさい。

 一体、誰の声だろう。啓子は、親にせがんで絵の教室に通わせてもらっているが、そこではもとより、正当な美術教育に基づくデッサンなどは奨励していない。ただ、思ったことを自由に描かせることをモットーにしている。

―――――どうしてだろう知っているような気がする。
 さきほどの声も、かつて知った絵画教室の教師の声ではない。時間と空間を超えた何処かから響いてくるような気がする。あえて例えるなら夢の中で師事したような気がする。先生の顔も仕草も憶えていないが、声だけは脳裏に刻み込まれている。
 啓子は、現在、自分が何処にいるのかほとんど意識に登っていない。それだけ夢中になって右手を動かしているのだ。
そんなようすをたまたま戻ってきた校医が見かねて、注意しようと立ち止まった。その瞬間 ―――――。
 二十代後半だと言う校医は、思わず言葉を失った。多少なりとも髭を蓄えているが、まるで明治期の男たちのように余計に威厳を備えようとしているのが、あからさまであり、その分よけいに若いというか幼く見えるのはどういうことだろう。
 校医は、その髭に手をやって、ただ凍りついたように押し黙っている。少女を叱りつけるという当座の目的を忘れて立ち尽くしている。
 あまりに、その絵が見事だったからである。
 スケッチブックに描かれているものに視線を走らせると誰も息を呑むと思われた。とても小学生が描いているとは思えない。もののフォルムとムーブマンを見事なまでに捕らえた仕事はとても素人のそれには見えない。
 実は、この校医は美術の心得があるのである。その証拠に高校は美術専門の過程だった。的確な人体デッサンには解剖学の知識が必須だが、それを勉強しているうちに、本格的に医学の勉強がしたくなって、その道へと進路を変更したという変わり種である。

―――あれ? この子の絵は何処か見た色を感じるな。あれはたしか ――――。い、い、何だっけ? この前、展覧会でやっていたはずだが・・・・・。もう歳かな? いやこの歳で、猪熊、井崎? 違うな、確か、東欧か何処かの人だったはずだ、日本に、帰化したはずだ・・・・・・。
校医は、どうしてもよく耳に親しんだはずのその名を思い出せなかった。その苛立ちを言葉で表現することで、解消しようとし た。

「ちょっと、君、ここで何をしているのかね?」
「あ」
―――あ、じゃないだろう?
 そう校医は思いながら、かつての自分以上に凍りついた啓子からスケッチブックを奪い取った。
「こんなところにあったのか、捜してたんだ」

「すいません。先生の持ち物とは露知らず ―――」
悪びれずに答える啓子。一瞬だけが、年齢らしい童女の態度をかいま見せたが、すぐに普段の自分を取り戻した。
「授業はいいのか ―――先生は戻られたんだろう?」
 気が付くと看護婦もいる。
啓子は、現在、自分が置かれている状況を思い直してみた。理由もわからず、倒れてしまったあおいを心配して、ここに来た。そして、看護室にいるはずの校医や看護婦がいないことに憤慨して ―――――。
 何故か、担任は教室に戻ってしまったのかいなくなっていた。そのことに、意識が回らなかったのは、ご都合主義というやつだろうか。
 しかし、授業中に、教室外に居を定めていることに不安にならないはずはない。
 自分は何処にいて、何をして理右のだろう。
 よく考えてみたら、担任は、あおいのことを見守っているように、言付けをしたはずだ。人間の記憶というものは都合がいいように変形されてしまうものだから、自分の出した結論に納得できない自分がいた。
 だが、あおいのことを気遣うというのは最重要事項のはずだ。
 そのはずの自分が絵を描いているなどと ―――――・
 
 冷徹な仮面の中では、冷や汗ものになっていたのである。いったい、自分は何をしていたのだろう。
校医は、腕時計を見遣った。そろそろ四限が終わる。教室に戻ったはずの教師が戻ってくるかもしれない。啓子のスケッチブックを軽い手つきで取りあげながら、校医は言った。
「人の紙に勝手に描いた責任は取って貰わなくてな。それに先生へのご報告もね ――」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかし、その声色からまったく怒っていないことが見て取れた。
「だけど、この絵をプレゼントしてくれたら、見逃してもいいかな。それに、これからちょくちょくと絵を見せてくれたら嬉しいかも」
 大の大人から友人のように扱われると、戸惑うものである。啓子もけっして例外ではなかったが、それを顕わにするほど子供じみているわけではなかった。あるいは、見防備ではなかった。
「そんな絵でよろしければ ――」
「じゃ、これは貰っておくよ」
 本来、自分の所有物だったものを他人から譲与されたように、大袈裟な仕草で有り難がる。それを、心の奥に破裂しそうな風船を隠し持って、立ち上がった。そして、そそくさと保健室を後にしようとした。
 校医は、そんな少女の背中に何事か掛けようと口を動かす。
「これはとてもよく描けているよ。君は本当にこの子のことが大事なんだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 啓子は、ふり返り際に無言で校医を睨みつけた。それは当たり前のことを聞くなと言っているように見えた。
 しかし、すぐに前を向くと学校の廊下に消えていった。遠近法に乗っ取った消失点に向かって、そして、まっすぐに白いリノリウムの床に、同化してしまった。
 カラカラと床と上履きのゴムがぶつかり合う音を聞きながら、校医は、失念していたその名前を思いだした。

―――――そうだ、井上順だ。井上順先生。
 彼が高校時代の恩師が師事した画家だった。そのために、少しは気になっていたのだ。展覧会が催されていたことは、記憶の何処かに引っかかっていた――――これがど忘れというやつだろうか。
 スケッチブックを広げながら、そう思った。
―――親友か。
 寝台に乗せられている少女は、まだ、その姿勢を保っていた。
―――たしかに彼女を描いているのだろうが。
 何とも言えぬ違和感を禁じ得ない。それはなんだろう。小学生とは思えないほどにデッサンは正確なのだ。問題は、そのレベルの話ではない。
それが啓子の主観なのだろうが、どうしても画中の人物は年齢相応には見えないのだ。
 特に顎の鋭角。
 どうしても、それが校医の視力を吸収した。
 そして、尖った鼻。
―――え? 全然、尖っていない。
 それはデッサンがどうとかいう問題ではなかった。技術的に厳密に言えば、それは小学生の作品としてはずば抜けていても、しょせんは子供の仕事にすぎない。
 一通りの美術教育を受けた校医がその絵から受け取ったメッセージはそんなレベルのことではないのだ。
 印象。
 そう言う単語で片づけるのは簡単だ。だが、そう言ってしまうには、あまりにも陳腐すぎた。詩人を気取っている校医は、それを風と名付けた。

――――何やら懐かしい風が吹いてくるな。
 とたんに泣きたい気持になった。目頭が熱くなったところで、自分を取り戻した、背後から忍び寄ってくる看護婦の声もそれに荷担したのかもしれない。

「先生、どうなさったんですか ―――」
「いや、何でもない」
 平静を保ちながらスケッチブックを閉じた。
 それが閉じられるか閉じられないかという瞬間に、チャイムが鳴った。啓子は、何事もなく教室に入れたのかと軽く気になりながらも、渡された書類の山を処理し始める。学校という場所がらにもかかわらず、嘱託とはいえ、歴とした医師免許を持った医師がおり、その上、看護婦までもが揃っている。その恵まれた環境は、有名私立ならではのことだろうか。
 モニター上に次々と数字やら文字列を打ち込んでいく。それは俗にカルテと呼ばれるものだが、そのようなものが学校に常備されている辺り、とても尋常とはいえない。
まるで指の筋肉尿酸を溜めるついてに言った感じで、キーボードを打ち込んでいると、看護婦が年齢に似合わない若い声をかけてきた。

「先生、ちゃんと身分証つけないと文句言われますよ」
「そうだな ―――」
 校医は、縦6センチ、縦15センチの長方形に収まった藤沢省吾という文字を見つけて、今更ながらに、自分がそのような名前をしていたことを思いだした。それまで、別の感覚に支配されていたのである。
――――あのデッサンを見てからか、それともあの少女が担ぎ込まれてからか。
 省吾の視線に刺激を受けたかのように、あおいは目を開けた。そして ――。
「あ、ウウ・・ウ」
 少しばかり呻いたが、彼と視線が合うと、すこしばかり顔を赤らめて目をそらした。そして、起きるばかりか、寝台から降りようとする。

「ああ、もうすこしようすを見ようか。それとも家族の方を呼ぼうか、ええと ―――」
 少女の名前を失念した省吾であったが、すぐに思いだした。
「榊、あおいさんだったね ――――」
「・・・・・・・・?」
 どうして、あなたが知っているんですか?という顔で、少女は校医を見上げた。
 省吾は、その言葉を呼吸のついでとしか見なしていなかった。あまりにも、突然に、脈絡もなく出現したのである。100年も解けない難問に挑む数学者が小休止に、お茶を入れようと気を抜いたときに、小悪魔から妖しげな数字を囁かれたときのように、彼はそれを簡単に解答だと受け取ってしまったのである。
 だから、彼も何の注意もなく、その言葉がついで出た。
「ダンナさんによろしくね ―――?!」
「え?!」
 あおいは、口を疑問符の形に歪めたが、それを言った本人こそ驚いていたのである。
 それこそ気が変になったのかと、脳外科医の友人の顔が浮かんだほどだ。



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『由加里 79』
 鈴木ゆららが見つめている闇は確かに深かったが、それ以上の暗がりに沈んでいたのは、由加里のふたつの大きな眼(まなこ)だった。
 虚ろな目は何を見ているのかわからない。双眸は、完全に見引かれているというのに、全く光を反射しない。その奥にはブラックホールが隠されているのだろうか。
黒い、何処までも黒が続く、闇の中の闇。
 それは何でも吸収する挙げ句、光さえ溜め込んでしまうというから、どんなに高性能な天体望遠鏡を夜空に向けても、確認できないらしい。すると、由加里の黒曜石も闇の中に埋もれてしまった可能性がある ―――否、闇そのものに変わり果ててしまったのかもしれない。
――――あらゆる光を吸い取ったあげくに。

 さて、視線をすこしばかり下に向けてみよう。目は口ほどにものを言うとあるが、目に、それを求められないとすれば、弟にあたる口に要求するのが筋というものだろう。
 驚くべき事に、少女の口には黒いスリッパが埋め込まれているではないが、おまけに、口の端には涎が糸を引いている。小刻みに震えるたびに、その量は増えていく。オーケストラ演奏前に、楽器のチューニングが行われるが、それを彷彿とさせるような音が、少女の口から漏れ続けている。
 黒い布の塊は、心なしか揺れている。しかも、同時にチャラチャラという金属どうしが合わさる音が、病室に木霊する。まったく、関係がないように思える両者は、少女があしらっているリボンと手のように、見えない関連性で結びつけられているように見えた。

 美少女の顔半分に突き立てられたスリッパが揺れているのを見ていると、女は、満足そうに笑った。
彼女は天頂にいる。
 「由加里ちゃん、おめでとう、ふふふ」
「・・・・・・・・・」
 じわじわと言葉が降ってくる。火山灰に埋もれていく死んだ馬のように、少女は無言のまま身体を呑みこまれていく。
 女は、スリッパを揺らしているのが自分だと認識しているのだろうか。まさに、火山灰とは彼女のことである。
 似鳥可南子、その人である。

 この病院の看護婦である可南子は、着衣のまま、少女の背中にのし上がっている。それはゴリラのマウントを思い起こさせる。動物専用のテレビなどで視たことがあるかもしれないが、ゴリラがゴリラを強姦するようにのし上がっている姿である。あれは、下位の者に対して、自分が上位であることを認識させる行為と聞くが、可南子のばあいはどうなのだろう。同性愛とは、しょせん、ゴリラの習性と変わらないのだろうか。

「ふ、ふ、ふ・・・・・いいわよ、由加里ちゃん・・・・アハッハア、あなたは私のもの」
 物言わぬ類人猿とはいえ、もっと、上品な声を出しそうなものである。それが、この看護婦が出す人語らしき音は、ゴキブリが吐き出す体液よりもおぞましかった。
 今、女の涎が少女の背中の窪みに落ちた。その付近には、彼女のマニキュアが残酷に鈍い光を放っている。それは高級品なのだが、彼女が使うとただ趣味の悪さを露呈するだけである。使いどころを間違えると、一流の品も形無しになってしまうものである。
 由加里は、それを見ることができない。もっとも、視界に入っていたとしても、視神経が麻痺してしまった今となっては、それを認識することはできないだろう。コンピュータが処理能力を超える情報量を流されるとショートしてしまうように、少女の神経は、膨大な感情の処理をまかなうことができずに、凍りついてしまったのである。
 可南子の行為は、由加里を完全に麻痺させてしまった。もしも、死という概念が意識の喪失と同義ならば、一時的に、少女を殺してしまったとも言えるかもしれない。しかし、彼女が蘇ることはあるのだろうか。かつて、少女たちの中心となって咲いていた大輪の花が、その春を取り戻すことはあるのだろうか。
 
 由加里が息を吹き返したのは、突然のことだった。
 まるで、駅に設置された場違いなシュールレアリズム彫刻のように、顔面に突き立てられたスリッパがぴょいっと顔を出したとき、可南子は、少女の心臓の鼓動が戻ったことを知って、頼もしく思った。 怖ろしいことだが、この女は、自分がいかなる罪を犯しているのか、その自覚がまったくないのである。
 天頂から少女を見下ろすことが、どれほど、悪魔の所業に属するのか、完全に思考の分類能力を欠いているのである。それでは、患者を切り分けるメスを仕分けできない外科医と同じだ。そんな医者に手術される患者はたまったものではない、
 だから、精神が破綻したこの女が14歳の少女に行っていることは、完全に常軌を失っていた。
 可南子は、重傷を負っている少女から処女を奪うという暴挙にでたのである。
  
 換言すると・・・・・・・。

 こともあろうに、右大腿骨をふくめた、全身の数カ所に傷を負った少女を身動きできないように、手錠で縛り付けた上に、性器を顕わにして、自らに装着した双頭のペニスの一方をそこに埋め込んだのである。
 そして、その行為は続いている。
 可南子は、さらに罪の上塗りをしようとしていた。
「ふぁう、ふぁう・・・ぐぁぁあ!?」
「むぐあう!?!」
 少女の口から人語が飛び出ることを危惧したのか、看護婦は濡れそぼったスリッパをひょいっと手に取ると、しかるのちに、再び、少女の口に突っ込んだのである。
 また、オーケストラの前演奏が始まった。今度は、さきほどよりもさらに激しい音が飛び出る。楽器が壊れてしまうのではないかと思わせるほどに、激しい。しかしながら、楽器とは使い古されたスリッパにすぎないのだから、可南子をメランコリックにさせる原因にはならない。
 少女は、飢え死に寸前の齧歯類がチーズの塊に噛みつくように、スリッパに歯を食い込ませている。そんなことでは、ナイロンの生地を食い破れるはずはないのに、わかっていてもそうしなければ、何者かにたいして申し訳が立たないかのように、ぎりぎりと食い込ませる。
 誰かとは?
 それは、母親を筆頭にした家族に対してだろうか、それとも、自分自身のプライドにであろうか。
 全身を貫く激痛と官能が混ぜ合わさった異様な感覚は、複雑な感情を相まって、ピークを迎えようとしていた。
 可南子は、悪魔のような笑いを浮かべると、ジェットコースターの最上位を目指すべく、腰の筋肉に グリコーゲンを注入しはじめた。

 その時、頭が悪いくせに老獪な看護婦は、とある呪文を少女に仕込んでおくことを忘れなかった。  それは、少女が激情に駆られないようにするための予防措置である。
「これは、将来、大事なひとのためにする準備運動のようなものよ・・・・ふふ、可愛いわよ、由加里ちゃん、まだお子様のあなたにはこの程度で十分かしら?」
 まったく、理屈が成っていない。荒唐無稽というにも、論理のすり替えがひどすぎる。しかし、被害者である少女は、それを素直に受け取っていた。感情と感覚が、臨界点を超えて、無意識に可南子のとんでもない論理が染み込んでいったのかもしれない。


 ちょうどそのころ、奇妙な編制を為す四人は、夜のドライブを終わろうとしていた。慣れない運動に身をやつした鈴木ゆららは、こんこんと眠りの世界に身を投じており、一方、照美とはるかも、かなりぐったりとしたようすで、移りゆく夜の街を車窓からただ眺めていた。
 夜の街は雨に打たれている。それが、疲労の蓄積による視力の低下と劣化に相まって、セザンヌばりの印象画に仕上げている。
 はるかは、自分が書き上げた絵に見とれて、うとうとしていたが、やがて、それが180度ほど別の展開を見せることなど予想だにしなかったにちがいない。
 それは突然やってきた。夜の闇を引き裂くような言葉が、はるかを襲ったのである。
 どのような言葉と言葉のつながりがあったのか、よく憶えていない。睡眠への導入部でまどろんでいたこともあり、意識は混沌としていた。しかし、あゆみと照美が何やら会話を交わしていたことは知っていた。
 その時、あゆみは恐るべき事を言ったのである。
 しかし、耳というものは、選択して音を拾っているのは、このことは、その確かなる証左だった。
「ねえ、照美さん、プロテニスプレイヤーを目指してみない?」
 その瞬間、天と地が入れ代わったように思えた。その証拠に、雨が地面から空に降り注いでいる。 ここがあゆみが運転する車内であることも忘れてしまった。

「・・・・・・・・・!?」
 言葉を完全に失い、というよりも、最初からまったく得ていなかったのだが、はるかは、ただ、呆然と恩師の頭髪を見つめ続けることしかできなくなっていた。
 照美は、あゆみの言葉を単なる冗談か、社交辞令ていどにしか受け取っていないようすで、軽く受け流している。
「そんなに、私って才能ありますか? ふふ ―――」
 微笑という香料を言葉に混ぜながらの発言なのだから、まじめに受け取っていないことは事実であろう。しかし、はるかはそうではなかった。まるで自らが立っている地面を奪われたような心持ちで、敢然と抗議しはじめた。
「あ、あゆみさん、何を考えておられるんですか?」
 自分では抗議のつもりなのだろうか、ほとんど、自失呆然の果てに、ほとばしった呻きにしか聞こえない。
「はるか、何を躍起になっているのよ ―――」
 照美は、意外な顔をした。普段、冷静沈着なこの親友が感情を顕わにするなと、とても珍しいことだったからだ。
 しかし、彼女にしてみれば、死活問題なのである。それは、そもそも対して興味のない勉強や、多少なりともコンプレクスを持ち合わせているが、精神の根本に関係のない容姿において負けても、テニスを含めた運動分野で、照美に負けるなどということはあってはならないのである。
 たがが、遊びていどの心持ちで行ったテニスを、あのあゆみに評価されるなどということは、ほとんど負けに等しい。
 今更ながら、照美にそのような感情を持っていることに、気づいたはるかだった。彼女を構成する別の人格が、意識の主流を占めたときはじめて、いささか恥じ入るような気持になった。
 そのために何も言えなくなってしまったのである。背後の席を陣取っている照美を妖しと思いながらも、フロントガラスの向こうに対戦選手がいるかのように睨みつけるのだった。

 しかし、切り返しの早い彼女のこと、その双眸にはべつの光が宿っていた。テニスにおいても同じ事で、いったん犯してしまったミスをいつまでも引きずっていては、勝てる試合も負けてしまう。すぐに次の手を考えなくては・・・・・・・。
 サイドミラーに沈む照美の美貌を見ているとはるかの頭の中は、西宮由加里のことに向いていた。 彼女をいじめるにあたって、照美ほどリーダーシップを獲っているわけではないが、その実、背後で励んでいるのは彼女だった。成年漫画をトレースペーパーで書き写させることを皮切りに、挙げ句の果ては、官能小説を彼女じしんの手によって、執筆させるまでに発展していた。
 それは文芸関係においては、プロデューサーの役割なのだろうが、じしん気づかない才能に目覚めているようだ。
 もうひとつ気づかないことがある。
それは、由加里をいじめるに当たって、照美以上の残酷さを発揮していることだった。
 あまりに沈思黙考しているために、携帯の呼び出し音にすら気づかない。
「おい、あゆみ、携帯鳴ってるって ――――」
あゆみに指摘されてはじめて気づいたはるかだった。不意をつかれた形になったが、青い液晶画面を見ると、ほくそ笑んだ。
 高島ミチル。
 その人名が意味することを思うと、新たなる計略が自身気づかない才能に火がつくのだった。

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『新釈氷点2009 3』
 家族を見送り終わった夏枝はしばらく空を見ていた。蒼天という言葉はこのためにあるのだと思わせるくらいに、透けるような青空が広がっている。
――――これから、ずっとこうだといいわ。
 自分に言い聞かせるように、空に視線を遣ると、人の背の二倍くらいはある板チョコのようなドアを閉めた。
 玄関を入ると客人は正面にある絵画に魂を奪われることになる。キュビズムと言うべきか、それともシュールレアリズムなのか、大抵の客人は評価に苦心することになる。
長崎城主の邸宅ともなれば、客人の数は、普通の家の倍増しとなる。彼らは、この絵をどう批評しようかと頭を悩ませる。
 ところが、彼らは総じて同じ感想を持つ。
 それは、この絵が醸し出している圧倒的な幸福感である。

 同時に、女主人の笑顔を見ると救われるような気分になる。同時に、彼女の娘がいたとすれば、それは完全なものになるだろう。ちなみに、彼女は絵の制作者である。もっとも、その年代はほぼ10年前という断りがつくのである。
 言うまでもなく次女である陽子が描いた幼児画である。両親と姉である薫子が楽しげに並んだその絵は、ひとつの幸せな家庭を余すところなく表現しきっている。誰しも、その絵がこの家庭のフラクタル図形になっていることを思い知る。言い換えれば幸福の雛形になっているということになろうか。
当の陽子は恥ずかしがるのだが、夏枝は来客の度に、それを紹介するのだった。あたかも、自分の家の幸福を喧伝するように。

 玄関から90度曲がって、回廊が続く。その設計は、あたかも、この絵が飾られるために為されたかのようだ。
 この邸宅は陽子がこの世に生を受ける以前から建っているのだから、当時の建築家がそれを予見していたとしか思えない。
 それほどまでに、この絵は建物に溶け込んでいたのである。ほぼ同一化していると言っていい。

「・・・・・・・・」
 夏枝は、意味ありげに微笑を浮かべると履き物を脱ぐ。良家の子女らしく、優雅な手つきでそれを整えて置いた。
 鈍く光る皮は、彼女の複雑な心理をぼんやりながらも描写しているようで、気持ち悪くなって思わず目を背けた。あたかも、罪を犯したばかりの人間が鏡で自分の顔を仰ぐようなそんなイメージである。
――――別に、私は犯罪者じゃないのに ・・・・・・・・・そうだ、今日は電話が。

  その時、ルルルルルという電話の呼び出し音が響いてきた。まるで、彼女の心理を読み取ったようなタイミング。まさに、その相手らしいと受話器を取りもしないのに、勝手に相手を決めつけていた。
はたして ――――。
「春実でしょう?」
「え? 夏枝? またわかちゃった?」
「またまた、人を超能力者みたいに ―――」
 夏枝は、さきほど流行のSFアニメを思い浮かべた。陽子から又聞きしたのだ。学校でも流行になっているらしい。
「夏枝のエスパー能力は廃れないようね。昔は、おにぎりの中身を当てたりとか ――」
「偶然だってば ―――」
 普段は見せない笑顔をこのときとばかりに発揮する。もっとも、今、彼女以外に、この広い邸宅にいるのは猫の、ピエトロだけなのだが・・・・・・・・。優しい母親の姿しかしらない陽子にとってみれば、こんな彼女の姿は意外かもしれないが、けっして、単なる良家の子女に、その性格は留まらないのである。
 普段は、誰もいないとはいえ、簡単に油断した顔などを晒すようなマネはしない。愛娘の絵が視線に入ると、すこしばかり表情を整えて口を開いた。

「今頃、あなたから電話があることは、わかっているのよ。毎年のことだし ――――」
「そうだね。薫子ちゃんはどうなの」
「あの子なら、定期的に行っているみたいだし ――――それに」
「あまり大がかりにやると、ばれちゃうか ――――」
「お春ちゃん?!」
 夏枝は、声に感情を込めた。怒りを親友に対して表すとき、決まってこの幼名とでも言うべき呼び方をする。別に、彼女が嫌がるという理由でもなさそうだが、その由来は、本人でもわからない。
「電話じゃ、詳しく話せることじゃないけど、さ、いつか ――――だよ。あの子、あなてに似て、見かけによらず勘が鋭いからさ」
「うん ――そうだけど」
 心配げに、再び絵に視線を戻る。それを止まらせたのは、親友の次のような台詞だった。
「これから、あなたの家に行っていい?」
「春実?!」
 何故か、親友に今の自分を見せたくなかった。しかし、別に断る理由も見あたらないので ――。
「わかったわ。だけど仕事は? 今、何処にいるの?」
「諫早駅前の喫茶店。車で五分ってところかな。大丈夫よ、それでいつも子連れてくるの?」
「夏枝、未だに子もないじゃない? 少なくとも、私の夫なのよ、ははは。」
 
 当時としては大変珍しいできちゃった婚だった。そんな言葉すらなかった時代のことだ。それに、春実は、夏枝に劣らず良家の子女なのである。城下町は噂でかまびすしかったが、そんなものにへこたれる春実ではなかった。
 ちなみに、その時に産まれた娘の永和子は陽子の親友である。
「じゃあ、切るね ―――」
 夏枝は、アールデコ的な意匠に彩られた受話器を置くと、しばらくそれに両手を添えた。機械がその重力に悲鳴を上げて、はじめて、電話を壊しかけた自分を発見して、苦笑した。
――――こんな顔はとても娘たちに見せられないわね、春実にだけで十分。
「ま、お茶の準備くらいしてあげなきゃ ――――」
 そう言うと、夏枝は紅茶の準備を始めた。ダージリンの一風変わった品である。口ではそう言うが意外にはりきっている城主婦人であった。

 ものの、五分と係らずに、女弁護士はやってきた。
 ちなみに、夏枝が子呼ばわりした谷崎はいなかった。

「クビにしたのよ、育児役に再雇用したわけ ――――」
 自分の首を手刀で切るマネをして、笑っているのは、言うまでもなく財前春実弁護士である。結婚を再雇用などと言うのは、まさに春実らしい。
 「まったく、まだ用意も出来ていないのに、まあ、いいわ。いつものところで座ってて」
 親友をリビングに押しやると、自身はキッチンに戻って、自家製のレモンケーキを切り分け始めた。

 春実は、言われる通りにリビングに向かう。両家は家族同士の付き合いをしてきたので、かつて知った家と言って良い。
 12畳ほどのリビングの中央に降りるシャンデリアやコの形に配置されたソファは、ここが、家族のための部屋であることを暗示している。それら記号としての家族はたしかに機能している。しかし、その実情はどうか。親友の目からすると、それなりに機能しているように見える、それはそれでいいのだが・・・・・・。
 いつまでその状態が保全されるのか、大変心配である。
もっと、懸念されるのはその種を蒔いたのが自分だからだ。
「12年か ――――」
 しみじみと春実は、部屋を見回す。こんな大邸宅の割に、こぶりのリビングである。全城主である建造に言わせると、「家族の団欒のためには、このていどの大きさがちょうどいい」ということになる。もっとも、この家に招待される一般市民からすると、その考えに首肯する気にならないだろう。
 それにしても小綺麗にしているのは、さすがに、専業主婦の鏡である夏枝の面目躍如ということだろう。これが春実ならそうはいかない。家庭のことはほとんど夫に任せている。
 沈思黙考していると、レモンの甘酸っぱい匂いが漂ってきた。

「春実、何しているのよ、座りもしないで ――」
「そうね」
 ハンドバッグを膝の上に載せながら体重を荘重なソファに預ける。その仕草がいかにもおもしろかったのか。カラカラと笑う。
 不満げな色を綺麗な形の頬に乗せる
「何よ」
「妙に他人行儀だから」
「弁護士なんてやってると誰でもそうなるわよ、いやでもね。そうだ、本題に入ろうか ――」
 話題を転じようとすると、とたんに夏枝の顔が曇った。
「いい加減に真相を告げなさいよ、陽子に」
「・・・・・・・・・・・・・・」
夏枝は黙りを決め込んだ。
――――真相ね。
 我ながらよくもそんな単語を舌の上に載せられると感心させられる。しかし、あえて言わねばならない。

「鋭敏なあの子のこと、きっとおかしいと思っているわよ。いかにこの土地の人が古風で、口が堅いって言ってもね。旧い新聞を調べられたらアウト。今まで、あの頭の良い子にばれなかったのは奇蹟と言ってもいい ―――もしかしたら、すべて知っているのかも」
「お春ちゃん!?」
 気色ばむ夏枝。
「あなたに何がわかるのよ! どれほど気を遣ってきたか。私だけじゅない、あの人や、薫子も ―――」
「それをうすうすとわかっているって言うのよ。具体的にはわからなくてもね」
春実の言うことはわかる。しかし、それが正論ゆえに腹が立つのだ。これまでどれほどあの子のために骨を折ってきたか。
「あの子が、ルリ子が ―――」
 春実は目を見張った。あの子というニュアンスがすこしばかり違う。
「ああいうことになって、すぐに、妊娠だなんて不自然でしょう?!」
 自分の論理がいかに不自然か、すぐれた知性に恵まれた夏枝がわからないということはない。自分で言っていて不思議だった。どうして、ここまでルリ子の存在を陽子に隠匿してきたのだろう。あの優しい子のことだ。あまりに可哀想な死に方をした姉のことを心から供養するにちがいない。たとえ、一回も出会ったことがなくても ――――。

 たしかに啓三の意見もあったが、忘れたかったのだ、あのような悲劇があったことを! そして、あの時抱いていた珠のような赤ん坊に、影響を与えたくなかった。それほどまでに、赤子の温もりに触れた瞬間に、愛情を感じたのだ。
しかし、そうであっても、ルリ子のことを忘れたわけではない。そんなことはありえない。一時であっても、あの子ことが脳裏から消え去るなどということはない。陽子はあの子の代わりではないのである。
 もっとも、怖ろしいのは、自分の醜さだった。
 本当に、大事だったのは身の保全ではないか。
 やはり、あの出来事を嘘にしたかったのだ。だが、そうなると矛盾する ―――――。
 夏枝は頭を抱えると、ソファに伏した。そして、声に泣き声をしのばせた。

「そうよ、どうしたらいいのかわからないの。言うべきタイミングを失ってしまったのよ、いまさら ―――」
「夏枝、陽子は家族でしょ!」
その言葉に、母は飛び上がった、あたかも、身体の中にバネがあるのではないかと、春実に錯覚させたぐらいだ。
「当たり前でしょう!? お春ちゃん!!」
 夏枝は寄り添ってきた春実にしがみついて抗議した。しかし、それこそ親友が望んだことだった。
―――ワタシ、悪魔ね。
 本当に泣きわめきたかったのは、春実である。自分が侵した罪を考えると、胸が張り裂けそうな気がする。しかし、あの時、自分を裏切った夏枝に対して反感を持っていたのは事実である。それは今も影響しつつある。
 複雑な気持を孕みながら、春実は夏枝を抱き締めた。その身体に流れる血潮を感じるとやはり、罪 悪感に身を焼かれる。その流れは、ツライ、ツライ!と言っている。

「夏枝、ごめんなさい。でも、私だって簡単に言っている訳じゃないのよ、考えて欲しいって ―――――」
 春実の声を遮る何かが、その時、空間をまっぷたつに引き裂いた。扉が開く音と、哀しいまでに高音の金切り声。その不思議な二重奏は、春実の耳には死刑の通告に聞こえた。
「ルリ子って誰? はあ、はあ・・・・・」
「よ、陽子!?」
「陽子ちゃん・・・・・・」
 かたつむりの身体と殻のようにふたりは一心同体のように、陽子は見えた。しかし、その姿は涙のだめにぼんやりとなっている。まるでセザンヌの印象画にしかみえない。この世でももっとも信頼しているはずの二人が自分に何を隠しごとしていたというのだろう。
「どうしたの? お昼前よ ―――」
何故か、冷静な言葉が出てくるのが不思議だった。朝、弁当を持たせたことが一秒前の出来事のようだ。
「忘れてはいけないものを忘れてしまったのよ、お母さま ――――。それよりも、ルリ子、いや、ルリ子さんって誰?」
 陽子の怒った顔に久しぶりに出会った。何処か哀しげな色を整った顔に乗せる。その時、上品な鼻梁は小刻みに揺れて、いささかなりともピンクを帯びる、そして、大きな瞳は涙に揺れている。まるで黒曜石だ。
――――総てを悟られた。
 ふたりは心の内をすべて見抜かれたように思えた。ただし、両者にとっての真実とはその色合いを異なるものにしている。意味合いが違うのだ。
だが、夏枝は踏みとどまった。ここはもっとも大事な宝箱を開けてはならない。それはパンドラの箱なのである。
「ルリ子はねえ、ルリ子は・・・・・・・」
「お母さま?!」
 しかし、陽子は只ならぬ母親のようすに表情を変えた。怒りの武装を解こうとしていた。一言、発するたびに、身体中の痛覚が刺激されるようだ。それは、しかし、陽子にも伝わっていたのである。
愛する母の苦痛が我が事のように感じられる。しかし、ここで垣間見てしまった真実に背中を向けるわけにはいかない。
「?お母さま? その方は?」
「ルリ子はねえ、あなたのお姉さまなのよ」
 この時、はじめて、茫然自失の春実は意識を取り戻した。冷静沈着な本分を発揮させようとする。親友の重荷をかづくことにした。
「あなたのお姉さんは、殺されたのよ。あなたが産まれる前にね」
「お春ちゃん!?」
 
 はじめて、春実のことをそう呼ぶのを聞いた。ただでさえ親しい間柄だが、目の前のふたりは姉妹のように見える。
 しかし、今はそんなことはどうでもいい。今は、再び蘇ってきた憤怒の感情に身を委ねるだけだ。
「なんで ・――――、私は、知らないの? か、薫子お姉さまも知ってるんでしょう!?」
 歳柄にも遭わない大人びた上品さをかなぐり捨てて、単なる12歳の童女に戻っていた。
「私は ―――、私は ―――??はあはあ」
 まるでフルマラソンを始めて走りきったランナーのように、息を乱す陽子。夏枝は、我が子を抱きしめたくなった。しかし、身体が動かない。全身が麻痺している。
 激しい憤怒と自責の念で身体が張り裂けそうになった。
 自分が産まれる前に殺された? しかも、それを知らずにぬくぬくと育ってきた。お母さまや家族を独占して? そんな自分を許せなかったのである。そのことを自分に隠してきた家族に対する憤怒よりも、自責の念が凌いだ。

「ウウウ・ウ・ウ・ウ・ウウウ、うう。お、おかわいそうに、ルリ子お姉さま・・・・ど、どうして、殺されたの!?」
床に伏して激しく泣きじゃくる陽子。夏枝は、このまま彼女をこのままにしていたら、異なる次元に飛ばされてしまうのではないかと危惧した。
「陽子ちゃん、ルリ子は、ねえ、ルリ子は・・・・」
 ようやく、身体の自由を取り戻した夏枝は、覆い被さるように愛娘に辿り着く。
一方、春実は自分のすべきことを思いだした軍人のように、任務に足を踏み出そうとする。
 陽子のピアニストのような手を摑むと、大人の口を開く。
「それは、聞いちゃだめ。陽子ちゃん。そうすると、みんなが傷つくことになるわ。きっと、夏枝はもう生きていけないわよ。約束してちょうだい。16歳になるまで詮索しないって ――」
「おばさま ――――」
 陽子の手はとても冷たかった。凍りついているのではないかと、思った。しかしながら、16歳などという年齢を持ち出すところ、自分は法律家なのだと思った。
――――とんでもない悪徳弁護士だ。
 凍りつきそうな美少女の手を必死に温めながら、春実はそう思わざるを得なかった。





テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

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