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『由加里 86』

 ゆららは、思いだしたようにある名前を出した。
「そうだ、工藤さんとは?」
「ああ、工藤さんは、なかなか、私たちと関わり合いたくないようでね」
「いや、あの子は由加里と関わり合いたくないらしい」

――――お前と違う意味で、あいつを憎んでいるのかもね。

 それをあえて言葉にしなかったはるかは、思案下にガラス張りの壁ごしに空を見た。その時、太陽を横切った鶴のような鳥。その長い足は彼女に何を問いかけているのだろう。  
 あるいは、それをどう受け取ったのか、今のところ、その疑問に答える用意はないようだ。

「小学校のころは、一番の親友だったらしいじゃない」
「去年も相当仲良く見えた」
 ゆららが口を挟んだ。
「じゃあ、同じクラスだったの?」
 「うん ―――」
 小さく肯いたゆららを見ていて、照美とはるかは、やはり、工藤香奈見の登板が必要だと再確認した。

 かつて開催された由加里裁判は、クラスにおける彼女の立ち位置を決定したが、その裁判において裁判長を務めたのを最後に、由加里いじめに積極的に参加しなくなった。そうは言っても、裏でかつての親友をサポートしているという情報もない。

「口ではもう係わるつもりはないとか言っておきながら、プライベートでは密かにサポートしているのかも」
「照美、それはないな」
「何でわかるのよ」
「いや、なんとなく。そうだ、ゆららちゃん、工藤さんに探りを入れてみてよ」
 ふたたび、哲学者の顔に戻った親友に、照美は、不埒なものを感じた。
「ちょっと、何を考えているのよ。それで彼女とあいつが裏で係わっていたら、どうするつもり?!」
「照美・・・・・・・・・・・」
 はるかは言葉を失った。あまりにも親友の顔が美しかったからだ。いや、それは顔かたちのことを言っているわけではない。それは地球が丸いことよりも自明の事実だからである。
まっすぐな目ははるかを射るように見据えている。

――――人の弱みを握って、その人を脅迫するなんて人間として最低だと思う!

 無言のうちに、親友はそう言っている。
 以心伝心。
 ふたりの間には見えない絆が、一本の線ではなく、それこそ網の目のように結ばれているのだ。
「何よ!?」
 かつて、照美も、自分もこんな目をしていたのではなかったか。西宮由加里という人物に出会う前は人一倍優れてはいたが、その実相は何処でもいるごく普通の中学生だった。
 照美とはるか。
 たまにはぶつかることもあったが、互いを磨きあって、育ってきたふたりである。その姉妹以上の絆は、今となっては、彼女に対する攻撃へと、ただひたすらに向かっている。
 第三者の目から見れば、ベクトルを間違えばどんな美しい絆もとんでもないマイナスの方向へと舵を取るものだ、と映るにちがいない。
 だが、当事者たちにとってみれば、まっすぐ進んでいるつもりなのである。それは決死の樹海行に似ているかもしれない。
 彼の地も、まっすぐ歩いているつもりなのに、じっさいは、同じ所をぐるぐると回っていることがよくあるそうだ。
 ふたりにとって学校生活とは樹海にも勝る迷路なのかもしれない。
 こんな中学生活を送るはずじゃなかった、はるかはそう思うと、自分たちからすべてを由加里に奪われたように思えて、照美とは違った意味において陰険で残酷な憎しみを抱くのである。

「まあ、いい。私からコンタクトをもう一度とってみる。じゃあ、よろしく頼む、じゃ」
 憮然とした顔で、はるかはそう言うとエントランスへと歩き出した。
「ちょっと、はるか! じゃ、ゆららちゃん、よろしく」
 小柄な少女の目の前で、美しい珠がはじけた。あまりの美しさに魂を奪われたゆららは、思わずふたりを追いかける機会を失ってしまった。
 本当は、自分を認めてくれる存在であるふたりに付いていきたかったのである。例え、相手が由加里であろうとも、人を騙すようなまねが彼女のような少女にとって幸せな時間に充当するはずがなかった。だが、彼女が認められる条件が二人の要求に答えることだと、当のゆららが思いこんでしまった。
 その罪を二人だけに背負わせるのは酷というものだろう。今の今まで人間として扱ってこなかった同級生たちや、 それに、教師たち全員が平等に追わねばならない罪のはずだ。

 それに気づいていたのは照美とはるか、それに、もうひとり。
 傷心の少女がこれから傷付けようとしている、西宮由加里、そのひとだったのである。

 ゆららが由加里の病室をノックしたとき、既に似鳥可南子による性器の検査が済んだところだった。
 すこしばかり、時間を元に戻してみよう。
 
 陰核から小陰脚まで一通り、局所の濡れ具合を調べ終わると、卵を入れたまま新しいオムツで下半身をくるんでしまった。しかも、それは普通の成人用ではなくて、SMで使われる特製の品である。エナメルのように妖しく黒光りする生地はゴムとも柔プラスティックとも言えぬ感触を着る者に与える。
 薄手の生地は身体のラインを外に完全に露出させる。しかも、性器の形がはっきりとわかるほど、それは顕わなのだった。
 可南子はすっかり穿かせ終わると、まるで一仕事終わったように満足そうな顔を見せた。

「どう? 新しいオムツの具合は? アメリカのマニア店から直輸入したのよ、相当、根が張ったんだから」
「ウウ・ウ・ウ・ウ・ウ・ウウ・・・う、お、お願いですから、もう少し、緩めてください・・・・うう、く、食い込んで・・・ウウウ」
 少女の懇願に、可南子は嘲笑で答えた。
「ふふ、あなたのイヤラシイおまんこがはっきりと見えるわよ、こんなに食い込ませちゃて、いやらしい」
 自分で締めておきながら、この物言いである。
 ちなみに、舶来物の特製オムツは、ベルトと革ひもによって締め具合の調節が自由である。由加里の性器は陰核まではっきりとわかるが、これでも、まだ強く締めることが可能なのである。もちろん、それは被虐の少女には言ってない。
 しかも、可南子は最後のこう言ってのけた。それは永久に煉獄に閉じ込められることと、同意である
 鍵を由加里の面前にちらちらとさせながら、可南子はにめにめと笑う。
「鍵をかけておいたわよ、これで夕食後まで楽しめるわよ、心おきなく、フフ」
「ウウ・・ウ・ウ・ウウ・ウウ、ヒドイ・・・・。」
 思わず泣きじゃくる由加里。

 そんな少女に仕事前に見せた仕打ちはこれで終わりではなかった。これ見よがしに、少女の愛液で汚れた手を鼻に近づけると、いかにも臭いニオイを嗅ぐような仕草をして、洗剤でごしごしと洗い始めたのである。
可南子が傷口に塩を塗り込めるような真似をしているとき、ゆららによるノックが由加里の胸を打った。
「はーい」
 看護婦はしおらしい声を返した。由加里は心底ぞっとさせられた。

―――この人は、どうしてあんなひどいことをしていながら、どうして、あんな声が出せるのかしら?

 しかじ、もっと驚かせたのはノックの正体を知ったときのことである。
「失礼します。あ、西宮さん」
「ゆららちゃん!?」
 由加里は全裸にさせられたような気がした。思わず、股間と胸を隠そうとしたぐらいである。だが、少女の局所はおぞましい締め具で隠匿させた上に、寝間着とシーツで隠されていた。
「由加里ちゃんの妹さんかしら」
「イエ・・・・友だちです」
 ゆららは短く答えた。可南子の無礼な言い方に憮然とした上に、彼女の内面に反問するものがあったからである。
 由加里は目敏くそれを察した。
「ゆららちゃん・・・・」
 少女は目を見張った。13年も生きてきたが、こんなに哀愁に満ちた目を見たことがなかったからである。それだけではない。
 その瞳は例えようもなく美しかった。

―――キレイ・・・・。

 心の中を憎しみに浸していたはずなのに、おもわず、その一言が浮かんできた。目の前の人物は、他人を裏切りに裏切ったとんでもない人間なのだ。彼女のような人間に、ひとりとして友人がいていいはずがない。なぜならば、その人物は早かれ遅かれ裏切られる運命だからである。
「西宮さん・・・・・」
 由加里はそっと手を、サクランボウのように可愛らしい手を指しだしていた。ゆららは、彼女がその生涯でひどい扱いを受けてきた上に、そして、心の奥底から友だちというものを求めてきた上に、目の前の病院が何を求めているのかはっきりとわかった。
 もはや、反射運動のような勢いで傷つきやすい果実を、その手で包んでいた。彼女らしい優しさはその手つきに現れている。まるで壊れ物を扱うように慎重だが、確実に由加里の手を支えていた。
それが伝わるからこそ、茶碗に注がれた湯はあえなく零れだした。
「ぁぁあぅ・・・」
 低く喘ぐと、被虐のヒロインはしくしくと再び泣き始めた。黒曜石の瞳は閉じられ、さきほどとは違う種類の涙が少女のかたちのいい頬を濡らす。

 悪魔の看護婦は、そんな様子を密かにせら笑うと、病室を後にした。
 二人がそれに気づかないくらいに、その運動は猫じみていたのである。

「西宮さん・・・」
「ウウ・・」
 ゆららは、しかし、自分の手元に由加里の泣き声を感じ取り、その吐息をかけられていると、別のことを考えるようになっていた。
 由加里に対する悪意が、その鎌首を擡げてきたのである。
 だが、それをあからさまにするわけにいかない。だから、由加里がこんなことを言っても表情に出すわけにはいかない。
「ゆ、ゆららちゃ・・・わ、私、友だち? ウウ・・ウ・・ウ」
「と、友だちだよ・・・」
 再び、芽吹き始めた罪悪感にぴくんとなりながらも、ようやく回答することができた。
「なら、由加里って呼んでくれないの?!」
「・・・・・・・・・」
 かつての颯爽とした姿はもはや微塵も感じられない。そこには、誰からも見捨てられた哀れないじめられっ子しかいない。
「・・・・・・・」
 ふいに、視線を反らした。それは同族嫌悪というものだろう。何よりも、自分がいじめられっ子であることを恥じてきた歴史がある。自分のそんな姿を見せつけられたくなかったのである。
 だが、照美とはるかの顔がふいに浮かぶと、こう答えた。
「由加里ちゃん・・・・」
 「ウウ・ウ・・ウ」
 それは可南子の言い方を単に真似ただけである。しかし、被虐のヒロインにとってみれば、友情の告白のように思えた。

 ふいに、起きあがろうとした。
 その時である ――――。
「ヒィ?!!ぁあぁっぁ!」
 由加里は、金切り声を上げるとベッドに沈んでしまった。柔らかな身体がエビのように折曲がった。
「に、西宮さん!? どうしたの?苦しいの!? 先生、呼ぼうか?」
 ゆららは、病人がその傷病のために苦しみ出したのだと思った。しかしながら、それは完全に事実と異なる観測だった。実は、身体を動かしたことによる衝撃によって、オムツの生地が局所に食い込んだ結果、胎内の中に埋め込まれた異物が、さらに奥へと潜っていったのである。
 官能と苦痛は表情が酷似しているという。
 だから、ゆららは由加里が苦しんでいるとカンチガイしたのである。
「ウウ・ウ・・ウウ・ウ・・うう」
 今更ながら、由加里は自分が手枷足枷を嵌められた上に、鋼鉄の鎖で繋がれていることに気づいた。自分は、単なる可南子と病院の奴隷にすぎないのだ。だが、ゆららを見た瞬間に自分の中で、自由人の魂が芽吹いた。
「ダ、大丈夫だよ、ゆららちゃん」
 虫の息の下で、由加里はあることに気づいていた。

――――さっき、私のことを「西宮さん」って呼んだ。やっぱり、わだかまりがあるのね。
「ゆららちゃん!!」
 被虐の奴隷は、残った力を最大限に振り絞った。
 ゆららの手首を摑むと言ったのである。
「わ、私、ゆららちゃんが思うような女の子じゃないよ!」




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