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『由加里 103』

 真野京子と藤沢さわがいなくなって一人になると、否応無しに不安が襲ってくる。たった数秒しか経ってないので日が傾くはずがない。だが、突如として目の前が真っ暗になったような気がする。
 明日が来るのが怖い。ずっと、このまま時間が止まっていればいい。そうすれば重大な決断をしなくてすむ。
 学校へ行くべきか、行かざるべきか、そのことで少女の頭の中は一杯になっている。どうしたらいいのかわからない。
 何が真実なのかわからない。わけのわからないままに、携帯はベッドの隅に投げ遣った。誰からの着信も受け取りたくないし、メールでさえ目を通したくない。疑念が疑念を呼んで、それが作った視界ゼロの海に溺れそうになるからだ。

 だが、一方、それに触れたいという気持も押さえられない。もしかしたら、完全に失われてしまった人間との結びつき、一般にそれは友人と呼ばれるが、それともう一度、ネットを再連結するように回復できるかもしれない。 そう思うとどうしてもすがりたくなる。  
 もしも、すべてがウソであり、恥をかくよりも、この切ない気持ちを満足させるために、溺れる者わらを掴む思いに賭ける方を選ぶべきだろう。
 この小さなカード状の物体がそれらとのジョイントになってくれる。
 だが、それがすべて嘘だったらどうなのだろう。自分はもう立ち直れないだろう。生きて屍になるようなものだ。
 ちょうど立ち上がってベッドに近づこうとしたとき、招かれざる客が訪れた。
 ドアが開いて無遠慮にも視界に侵入してきたのは、妹である郁子だった。
「何しているの?入るときはノックぐらいしないって言ってあるでしょ?!」
 姉の剣幕など何処吹く風と、妹は姉の機嫌を伺った。
「せっかく、退院できたのにどうしてそんなに怒っているの?」
 退院できた・・英語で言うcanの語感を伴っていたことが、由加里の堪忍袋に罅を入れさせた。
「出ていって!!」
 危うく枕を投げつけようとしたが、それを躊躇させたのは、郁子が持っていたものだった。
「い、郁子!!どうして、そんなのものを!?一体、何処から持ち出したの!?」
 理性を失った由加里は、郁子の髪を摑んで床に引きずり回していた。圧倒的な力を持つ者が持たざる者に対してその力を行使する。その恐怖を痛いほど知っている由加里が、気が付いたら同じ事をやっていた・・・・それを恥じるとともに、矛盾することだが、それをさせた妹を恨んだ。

 彼女が手にしていたもの、A4の茶封筒は、それほどまでに少女に衝撃を与えるものだった。何となれば、それは知的な美少女が誰にも、特に家族に知られたくない秘密だからだ。
 鋳崎はるかの命令によって否応無しに書かされた、性的な描写を含んだ小説や漫画・・、どうして、郁子がそんなものを手にしているのだろう?机に隠していたはずなのに・・いや、どうして、彼女がそんなことを知っているのか、いいや、いつからその存在に気づいていたのか、まだ10才にすぎない妹が・・・。
 沸き起こってくる羞恥心にもかかわらず、由加里は、涙を湛えながら妹を叩きのめしていた。
「ぎゃあ!やめて!やめて、照美お姉さんに言いつけるよ!」
 その一言は、由加里の心臓を貫いた。銃弾でなく言葉で人を殺せるという、ハリウッド映画なのか、何かの小説なのか、出典は定かではないが、その言葉の意味を少女ははじめて理解した。どうして、妹が海崎照美を知っているのだろう?頭の中が真っ白になった。
「・・・・・・郁子!!?どうして!?」
「あたしの言うことを聞かなかったら、これをママに渡すよ、由加里お姉ちゃんの部屋に在ったってね」
「郁子!!」
 絶望の淵に追いやられた由加里は、郁子から封筒を奪うべくさらに暴力を振るい続ける。めちゃくちゃに髪の毛を引っ張って、その小さな頭を殴りつける。三発目を喰らわせようとしたところで、由加里は信じられない光景を目にした。
 郁子が手にしていたのは携帯だった。どうして、彼女がそんなものを持っているのか・・?さらに信じられないことが起きた。
「て、照美、お姉ちゃん!助けて!!」
「ばかなことを!おもちゃでしょ!よこしなさい!!」

 矢理にふんだくった姉は、自分の予想が完全に楽観主義に裏付けられていたことを思い知らされていた。
「ふふ、退院、おめでとう、西宮さん」
「・・・・!?」
「あら、親友を無視するの?!」
 親友という単語にやけに語気が強められていたことに、由加里は命の危険を感じた。
「いえ、・・か、海崎さん・・・・あ、りがとうございます・・・」
 サラリーマンよろしく、電話中に頭を下げる姉を郁子は蔑みの目で睨みつけた。
「そ・・・・そんな・・・どうして?!」
 眼球が溶けてしまうのではないかと危惧した。それほどまでに夥しい量の涙があふれてくる。あまりにも熱くて頬が焼けそうだ。
 そして、当時に照美にさんざん弄ばされた性器の周囲が疼くのがわかる。今の今、妹の前で局所を露出させられ辱められる映像が浮かんできた。心なしか、膣が湿ってきたようだ。
「察しの良い西宮さんなら、わかってくれるでしょう。私が何をあなたに求めているのか、答えてごらんなさい」
「・・うう、お、お願いですから・・・・」
 郁子にはかかわらないでください、という一言がでてこない。そんな言葉が無意味であることは、勝利宣言をする郁子を観て痛いほど理解したからだ。
「私に、何をしろと?」
「そうねえ、まずは、郁子ちゃんのお願いを聞いてあげなさい」
 いったい、自分に何をさせようというのだろう。戦慄に似た感覚が全身を貫く。
 郁子は、あたかも姉の反応を見るように言葉を咀嚼した後に、上目遣いになった。そして、一気に言いのける。
「あたしのこと、お姉さんって呼んでよ」
「・・・・・?!」
 あまりに非現実的な要求。
 姉の沽券に抵触する物言いに、由加里は言葉を失った。しかし、それを受け入れないわけにはいかない。何となれば、彼女の傷口に笑いながら塩を塗りつける悪魔が携帯の向こうに鎮座しているのだ。
だが、儀式として疑問を妹に投げかけてみる。
「一体、何を考えているの!?」
「由加里おねえちゃん、この封筒、ママに見られたくないんでしょう?」

 辛くも携帯によって虎穴から逃れて涼しい顔の妹はこともなげに言う。
「郁子、その中身を見たの?だめ!見ちゃ!!」
 妹のようすからまだ見ていないと判断した知的な美少女は再び、郁子に飛びかかろうとした。しかし、その瞬間に氷の槍が彼女ののど元を貫いたのである。
 携帯の向こうから響いてきた美少女の笑い声は、それだけで由加里の心臓を止める力を有している。
「う・・・」
「郁子お姉さんよ、由加里!」
 本能的に右手が上がったが、とっさに照美の美貌が脳裏をよぎった。思えば、携帯という憎むべき手枷、足枷によって、常に由加里は縛られて行動の自由を奪われていることを思い出した。
「西宮さん、お姉さんを呼び捨てにするのはおかしいと思うわ。郁子ちゃんはあなたのお姉さんでしょ?」
 完全に照美は遊んでいる。普段、自分をいじめている時とも様子がどこか違う。いつもならば、自分に対する憎しみが先立っていたはずだ。それが、完全に面白がっている。他のいじめっ子たちのように由加里をおもちゃとしてしか見なしていない。非常に不思議な言い方になるが、とても淋しいような気がした。
 妹は、こともなげに言い放つ。
「郁子おねえちゃんよ、由加里!」
「いやよ・・そんな、どうして?」
 困惑する由加里がどうして携帯を手放さなかったのか、それは進んで照美の奴隷になっていたということだろうか。藤沢や真野、それに鈴木ゆららたちとの間につながったと、知的な美少女はそう見なしていた相手よりも太いつながりを、こともあろうに自分に対する最大の加害者に求めていたのかも知れない。
 その加害者はいつも放送室で、由加里を打つような言葉の鞭を振るった。
「西宮!?」
「ハイ・・うう、も、申し訳ありません」
「私に向かって謝ってもらっても困るのよ、あなたがそうすべきは郁子ちゃんでしょ!?」
 その時、何故か、藤沢や真野、それにゆららの笑顔を浮かんだ。そうだ、自分には味方がいるのだ。少し待てば、きっと、みんなが自分を助けてくれる。根拠もない担保が由加里を力づけた。そのことが、我慢することを告げた。
 今、搾っている乾いた布からはもう、水滴がほとんど出ない。しかし、渾身の力を込めて絞り込んだ。すると、自尊心という水滴がひねり出てきた。
「い、郁子おねえちゃん・・・・」
 「そうよ、よくできたじゃない、由加里、ママたちの前では、遊びでやってるって言うんだよ」
「まさか、みんなの前でもそうするの!?郁子!?」
「郁子お姉ちゃんでしょ?」
「い、郁子・・・お姉ちゃん・・やっぱり、いやよ!どうしてこんなことを!?」
 まるで分裂した自己と言い争うような姉は、あたかも芸を失敗したピエロのように滑稽だった。


 その時、海崎照美は、鋳崎はるかと自室で会話していた。
「あまり、気持のいいものではないな」
「・・・・・・・」
 親友がこのような言い方をするとき、その裏に深い理由があることをはるかは知り抜いていた。だから、軽々にその質問に答えることを避けた。
「私は言っているのよ!!」
照美は、たまたま弄んでいたヴァイオリンを投げつけようとした。
「・・・!?」
「そうしようと言いだしたのは、お前だろ?どうして、私に当たるんだ?」
 そう言い方が自分を受け入れていることを照美は知っている。知っていて、なお、反発を強めるのだ。自分の内心をすべて知っている。知っていて、なお、それを説明しようとしないはるかに怒りを覚えているのだ。
「郁子ちゃんを利用としたことは、確かに気持ちよくないが、こうすることで明日、西宮に登校させるきっかけにはなるかもしれない」
「そんなことをいて欲しいわけじゃないわよ!」
「なら、予め模範解答とやらを先に示してほしいな」
「あんたは、アスリートでしょ、先を読めなくてよくもテニスなんかできるわね」
「こんな回りくどいやり方をして関係ない人を傷付けるなら、いっそのこと、あいつをこの手で殺せばいいのよ」
「・・・・・」
 さすがにこの言葉には切り返す具体的な言い回しを、はるかは見つけられない。だが、あえて言うべきことを吐いた。
「なら、これから殺しに行こうか、強盗殺人に見せかけてやろう」
「・・・・・」
  何か言おうと脳内検索しようとしたところで、照美の携帯が鳴った。
「あ、冴子さんだ」
「何?西宮の姉・・か?」
「はい、照美ですが?今夜のライブですか?大丈夫ですよ・・ハイ、ちゃんと用意しておきますから・・ハイ」
 照美に、ここまで平身低頭させる相手とはどんな人物かと、はるかは興味を抱いた。確かに教師など、あくまでも外見にそのようなお面を被ることは上手いが、本当に、相手にアタマを下げることなど、このプライドの高い友人に限ってほとんどありえない。
 彼女はあきらかに、冴子なる照美の姉に対してそうした感情を抱いている。
 携帯を切った美少女にはるかは思い切って訊いてみた。
「なあ、照美、冴子さんを目の前にして、何も感じないのか?苛立ちとか?」
由加里以上に、百合恵ママに酷似しているという、冴子に照美が反感を感じないことが不思議だった。
 照美は、冴子に対する素直な気持を隠そうとしない。
「とても素敵な人よ」
「そう、なら、私も一度会っておきたいな」
 それは、照美の予期していない展開だった。

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テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト

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